〇ドリゴ:セレナーデ
エフレム・ジンバリスト(Vn)

戦前のSP時代には盛んに吹き込まれたドリゴの名曲「セレナーデ」。78回転レコードは盤一枚あたりの収録時間が短く市場価格も高かったため、こういう枚数の少ない小曲がソナタや協奏曲以上にレコード・ファンに親しまれたわけですが、今聴いても堪らなく郷愁を誘ういい曲です。

小品を得意としたミッシャ・エルマンの同曲も、親しみやすい味があって昔は広く聴かれました。対して、ジンバリストの手に掛かるとほのかな憂愁の情を含んだ音楽となり、より奥ゆかしい佳曲という雰囲気が出てきます。
氏はクライスラー、メニューイン、ティボー、エネスコと並んで、私が最も敬聴してきたヴァイオリニスト。それぞれの代表盤であまり曲が被らないから、この中で順位を付けようという気にはならないですが、中でもジンバリストは高山の涼気や湖水の色を想わせる澄み透った音を持ち味とする人。クライスラーとティボーはもう少し都会的な魅力があるかも知れません。

メカニックな技に舌を巻くとか知性的解釈に感心するというのは、まだまだ演奏家と対等な気分でいられる時で、本当にその音楽に敬服した場合は、かならずこちら側の恥じらいを誘う。羞恥は、物や動物でなく人に対して起こる感情だから、ヴァイオリンの音の向こうに敬すべき人間、成熟した人格が現れた時に限られる。このジンバリスト、また他の四氏は、そういう畏敬の念を感じさせるという意味で、私にとっては生きる上での指標となるヴァイオリニストです。