私と夫はお見合いではありませんが、恋愛とも違う‥少なくとも私の方は、誰でもいいから一回は結婚しておかないといけないという義務感から
たまたまそのタイミングの時にいた夫と結婚しました。
その分嫉妬もなければ強い思いもないので、そこはある意味楽でしたが、夫はいわゆる難のある人でした。
外からみたら
高学歴高身長高収入で実家もお金持ち
そこそこのルックスで、スポーツ万能、頭もいい、何不足の無い人に思える人です。
しかし、昭和一桁の両親に育てられ、しかも長野県の男尊女卑がまだ強く残る地域に育った夫は、学歴こそ全てという教えのもと育てられてきて、その親の期待に応えた自分に誇りと自信を持っていました。
ところが、社会にでて、それって役にたちませんよね?
ましてやそれなりの学歴の人間しかいない一部上場企業にいれば、スタートがそこなわけですから、そこから抜きん出るにはさらに色々なことが必要になります。実力が正当に評価されるということもあるようでない。
その辺のジレンマが出始めた30代に結婚しました。私は25歳、夫33歳の時です。
私はもともとサラリーマンに対しては出世しようがしなかろうが、どうでもいいというか
ずるくして出世する人もいるし、全然興味がありませんでした。
なので、しらずに彼を傷つける言葉、彼の地雷を踏んだりすることが新婚当初よくあったようで、その時に夫は私を殴りました。DVです。
私はびっくりしました。
でもすでに子供がお腹にいたので、産むまでは離婚はできないと思い、我慢しました。
夫はお酒は飲まないので、いわゆる
不機嫌にならないときは優しい人でしたが、自分でもコントロールできない感情の起伏があるらしく、そのストレスの波で大きな声で怒鳴りつけてきたり、物を投げてきたり、頭を殴ってきたり
とにかくすごかったです。一番ひどかったのが、これは割と最近までありましたが、
今日はシチューが美味しいといったのに、数週間後にシチューを出すと、シチューは好きじゃないと言ったりして、今なら今日の気分はシチューじゃないだけでしょ!と私が強く言っておしまいですが、その頃はそのことで喧嘩をしたり、そこから広がる喧嘩がひどくなって結果殴られたりしてました。理不尽きわまりないです!
胎教が心配だったので、昼間はできるだけ子供のために私の好きなクラシックの曲をピアノで弾いて聴かせていました。
次男が生まれるまで、そんな状況が続いたので、まる四年はそんなことがありました。
長男が生まれてからも、回数は少なかったのですが、やはり何回かあり、離婚も何度も何度も考えましたが、長男のためにもう1人子供を産んでから離婚しようと思ったので、それまでは我慢しました。
我慢した我慢したといってますが、ただ、時がすぎるのを待っていた訳ではありません。
夫の地雷を理解し、なぜ、そうなるのか、なぜそう考えてしまのか
まずは夫の全てを一度受け入れようと思い、とにかく努力しました。そして、機嫌のいい時に、この前のこれはこうなんじゃないの?と改心を促すことを話して、何度も何度もそれを繰り返していくうちに、夫の心がかわっていきました。
四年かかりましたが、本当に嘘のように穏やかな人に変わりました。
夫は年に2回、京都奈良へ旅行にいくのですが、そのたびに色々なお寺のお坊さんの講話をきいてくるようで、そのたびに、いつも妻が言ってることと同じですと話すそうです。
夫の救いは素直さがあったことなのかなーとも思いますが、人はここまで変わるのかと
私の両親もそこは褒めてくれます。
でも、ここに至るまでに、主人の母の言葉が大きく支えてくれたこともあります。
一度、本当に別れようと思った時、主人の母にも電話で話したことがありました。
すると
主人の母は
何があっても私たちは〇〇さんの味方だから、それは忘れないで、子育てで必要なお金もきちんと払いますから
といってくれたんです。
その時に、はっ!としました。
この人にとって、夫は大切な息子
私にとって息子が大切なように
この母にとっても夫であるこの息子は大切なのだ
と
その息子よりも私が大事なんてことはあるはずがない、にもかかわらず、こんなことを言ってくれるのは、これもまた息子のためなのだと
脱帽でした。
この母の大切な息子を私がこの母に代わって大切にしなければならないのだと腹をくくれたのも
主人の母のおかげ
というか母の勝ちです私の完敗
今は特別ラブラブということもないのですが、普通に穏やかに存在していて、一応お互いを労りあって暮らしていけるのは
私が夫を育て直したから!と思っています。主人の母の言葉に支えられながらですけど。
人は変われる
自分が変われば相手も必ず変わってくれる、そう信じているのにはこういう根拠があるからなんです。
自分がまずは変わらなきゃだめですけどね。
先日書いた
北風と太陽のお話のように‥
そして、みんな人は許されて生きているということを自覚するとうまくいくと思います。
私も殴られてらときは夫が100悪くて自分は全く悪くないとおもっていました。
今でもそこはそう思っています。
でも、そのことについてはそうなのですが、たとえば私のこんなところを夫は何も言わずに許してくれてるなーとか
そういうことってあると思うんです。
そう考えてみると、お互い許し合って生きていかなきゃいけないのかな?と
自分のこんなところも許してくれてるんだから
あなたのこんなところも許さないとねと
でも、許容範囲を超えるときは話し合い、もしくは相手を変えていくしかありません。
でも、自分だけが正しいという考えだけはもっちゃいけないんじゃないかなーと思っています。