大ばぁばの思い出 | あおちゃんの日記

あおちゃんの日記

先天性の重度筋疾患を持って生まれた次男のこうちゃんと、こうちゃんの7歳上の健常児の長男。
2人の息子と、旦那の4人家族ですが、次男のこうちゃんは生まれてからずっと入院中…。
日々感じた事などを、書いてます。

昨日はうちの大ばぁばの納骨だった。

パパの家は神道で、納骨する日は50日祭というらしい。
私は実家が仏教なので、嫁に来てから法事の度に「へぇ~」ってことだらけ。


大ばぁば…私、大好きだった。

うちは少し田舎で、いわゆる「敷地内同居」。
母家に義両親と義弟、そして大ばぁばが暮らしていて、うちは離れに住まわせてもらってる感じ。

私が嫁に来る前の年に、パパのじいちゃん(大じぃじ)が亡くなった。

大じぃじが亡くなったちょうど2年目の命日に長男が誕生した。

大ばぁばは涙を流して喜んでくれた。
毎年毎年長男の誕生日は、大じぃじの命日って忘れるくらいいつも長男のお祝いをしてくれた。

私が嫁に来て間もない頃、じぃじ(義父)の心ない言葉で私が辛い思いをしていた時に、私の話を聞いてくれて一緒に泣いてくれた。すかさずじぃじを叱って、私に謝らせてくれた!

この家では一番朗らかで、優しくて、強い人だった。


今年に入って、私が二人目を妊娠していると知った時、「良かったね」って泣いてくれた。
心から喜んでくれた。
毎日神様に拝んでくれてた。
「こりゃあまた死ぬのが嫌になったなぁ。赤ちゃんの成長が楽しみになったなぁ」って言ってくれた。
そんな幸せ一杯の妊娠生活だった。


でも、こうちゃんが生まれる1ヶ月前になって、突然の脳出血。


倒れた大ばぁばを最初に見つけたのは長男だった。
ちょうど母家には長男しか居らず、大ばぁばの異変に気付いた長男は急いで私たちを呼びに来た。

その頃私は羊水過多症で体がとても辛くて、昼寝していた。
長男の声を聞いて驚いてパパと二人母家に行くと、うなじの辺りをさすりながら
「頭が痛い」ってうずくまっている大ばぁばが!

私が救急車を呼んで、パパは義両親に連絡した。
救急車が来るまで20分くらい掛かり、その間に大ばぁばの意識が遠のいていくのがわかった。
なんと時間が長く感じたことか。

結局、はっきりと意識が戻らないまま、7月26日に93歳で亡くなった。

心の準備ができていたので、ショックだったけど落ちついて受けとめられた。
倒れるその日まで毎日畑仕事に勤しんでいた大ばぁば。

パパと付き合い始めた時に聞いた
「俺のばぁばは生き仏だ」
っていう言葉、本当にその通りだったよ。

親戚皆「大ばぁばは充分悔いのない人生だったね」って言っていたけど、私は知っている。

大ばぁば、以前こんなこと言っていた。

「ワシは本当に人生満足しているけど、一つだけ心残りがある」
私が何?って聞いたら

「一度で良いからハワイに行ってみたかった」

って言っていたニコニコ

その時既に86歳。
行かせてあげたかったけど、さすがに無理だった。

でも長男が生まれて、たくさん可愛がってもらって、いっぱい大ばぁば孝行ができたんじゃないかなって思ってる。


神道では亡くなった人の魂は、その家の守り神になるらしい。
それなら、いつも傍にいてくれてるんだよね。
そう思うと、寂しくないよ。


大ばぁば。
本当にお世話になりました。
ありがとう。
本当にありがとう。

どうか見守っていてください。

こうちゃんの命。
長男の健康。
我が家の幸せ。

一生懸命生きていきます。