2025年11月10日

 

 憲法前文の第1パラグラフにこうある。

 「日本国民は、‐‐‐政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、‐‐‐この憲法を確定する。」

 高市首相の「台湾有事」が「存立危機事態」でありうる旨の発言、すなわち「台湾有事」に自衛隊の出動がありうるという発言、すなわち日中戦争の可能性を示唆する発言によって、ふだんは忘れているこの憲法前文の意義を再認識することになった。

 

 自衛隊の出動は自衛隊の最高指揮監督権を有する内閣総理大臣が命ずるものであり(自衛隊法第7条、第76条)、我が国の戦争開始は、国会の承認を要することにはなっているが事後承認の場合もあり、事実上内閣総理大臣によって判断される。

 憲法前文はこのルールを否定するものではなく、したがって憲法前文における「政府の行為」とは、通常の適法な政府の行為を意味するのではなく、「国民主権のもとで定められた法令を無視した、違法な政府の行為」と理解される。

 そしてもし高市首相の発言どおり「台湾有事」を「存立危機事態」と認定し、自衛隊の出動命令を発するようなことがあった場合には、以下に説明するように、それは「違法な政府の行為」に該当することとなる。

 憲法前文に即していえば、「(国民主権のもとで定められた法令を無視した、違法な)政府の行為によって再び戦争の惨禍が起る」ことになるのである。

 高市発言は、憲法の二大眼目である平和主義と国民主権のいずれにも反するものなのだ。

 

 我が国自衛隊の防衛出動が実行されれば、たとえ国会承認を得られなくとも、裁判で違法との判決が出されようとも、すでに我が国は中国との間で交戦状態に突入しており、双方に莫大な損害が発生し、事態はさらに発展しているやも知れず、取り返しがつかない。

 現時点にいたっても誤った法律解釈に気づいていない高市首相は、反中感情が先走った「とっても危ない首相」と断じざるを得ない。

 

(以下の説明は前回報告とかなり重複します。)

 「台湾有事」が我が国の武力行使の判断にとって重大な事態になりうるのは、それが「(我が国に対する)武力攻撃事態」に発展することが予想されるからこそである。

 「(我が国に対する)武力攻撃事態」への発展を予想することなしで(後注参照)、「台湾有事」(その中核的な意味でのそれは、海上封鎖を含む中国による台湾への軍事行動であり、アメリカ、日本その他の国の動きは含まない。)それだけを、「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」(「存立危機事態」の定義(「事態対処法」第2条第4号))と説明することは不可能である。

 

 すなわち、「台湾有事」によって我が国自衛隊の出動命令を発しうるのは、それが「(我が国に対する)武力攻撃事態」(この定義には武力攻撃の前の「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められる事態」が含まれる(「事態対処法」第2条第4号)。)と認められる場合であり、「存立危機事態」であるがゆえとするのは、法律の適用を誤ったものであり、当該出動命令は違法ということになる。

 また、「台湾有事」が「(我が国に対する)武力攻撃事態」と認められるのは後注に掲げた中間項の存在が要件となり、それへの判断を欠いた「(我が国に対する)武力攻撃事態」の認定も誤りである。(高市発言はこの点においても「台湾有事」が直ちに自衛隊の防衛出動に結びつくがごとく語られており、高市首相の法解釈の根本的誤りか理解の不十分があると思われる。)

 高市首相が「台湾有事」を自衛隊の出動命令に結びつけたいのであれば、後注にあげた中間項の可能性に言及した上で、それを「武力攻撃事態」(のうちの「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められる事態」)とせざるをえないはずであり、現時点でそれを行うのは無理であろう。

 

(注:「台湾有事」が「(我が国に対する)武力攻撃事態」に発展することが予想されるには、中国による台湾への軍事行動に対するアメリカ軍による阻止行動、中国軍とアメリカ軍との交戦、日本国内の米軍基地への中国軍の攻撃、アメリカ軍の支援活動を実施する(と見なしての)中国軍の我が国自衛隊への攻撃(それぞれその発生の高い可能性を含む)という中間項の存在が前提となる。)