2025年11月5日
目的の観点からだけで言えば、自衛隊の存在を合憲とする政府見解(1972年10月、以下「1972年政府見解」とする。)の論拠に従えば、「抑止目的としての武力の保有」は明らかに違憲である。
1972年政府見解は、わかりやすく言えば、必要最小限度の正当防衛目的の武力(以下「正当防衛武力」とする。)の保有、行使は憲法第9条もさすがに禁じているとは考えられない、というものであり、それ以外の目的の武力の保有が許容される余地はまったくないからである。
(先の安保法制の改正(2015年9月)による「存立危機事態」の場合の武力行使の認容は、直接侵略ではなくても我が国の存立が危うくなる事態が考えられ、その事態への対応は正当防衛が当然であるのと同様に当然であるとの理解によるものである。ただし具体的な存立危機事態として公的に認定した事例があるわけではない。)
ところが「抑止目的」とされていても、「抑止」以外の他の目的との重複もあり、そのための具体的な武力の内容は実に幅が広く、また「1972年政府見解」でいう「必要最小限度」は状況次第で確定しがたく、目的の観点ではなく武力の内容からアプローチした場合、憲法判断はなかなか困難になってくる。
まず、「抑止」には性格が大いに異なる2つの「抑止」があるとされている。
1つが、「懲罰的抑止」と言われるもので、攻撃を仕掛けてきた場合には相手が耐えられない打撃で報復すると相手を威嚇する「抑止」で、「報復威嚇的抑止」といったほうがイメージしやすいように思える、いわゆる「倍返し」にあたるイメージのものである。(以下では「報復威嚇的抑止」とする。)
もう1つは、「拒否的抑止」と言われるもので、攻撃を仕掛けてきても、また占領を継続しようとしても、こちら側は強力な抵抗を展開するので、莫大なコストを要して割に合わないと相手に認識させる「抑止」で、「攻撃無効化抑止」といったほうがイメージしやすいように思える。(以下では「攻撃無効化抑止」とする。)
そして、「攻撃無効化抑止」については、そのための具体的な武力の内容が「正当防衛武力」と一致することになる。
十分なる「正当防衛能力」の保有は、「攻撃無効」という認識を相手国に惹起することとなり、「抑止」を実現することとなるからである。
このため、導入された特定の軍備が「抑止」目的であるから違憲だとの指摘は、その軍備は「正当防衛武力」だとの弁明によってかわされることとなる。
これによって「攻撃無効化抑止力」を構成する武力の内容は、「必要最小限度」の範囲内かどうかという問題を除けば、ことごとく、「正当防衛武力」だとして「1972年政府見解」により合憲とされる余地があるのである。
「敵基地攻撃能力」「反撃能力」(例えば、長射程ミサイル、長距離戦闘爆撃機、空母、原潜)も、「先制攻撃」を意図したものと認識されて相手が脅威と捉えることとなる危険性のあるもので(後注参照)、「必要最小限度」の範囲を逸脱するものだが、必要な「正当防衛武力」だとの強弁によって理屈上合憲とされうる。
一方、「報復威嚇的抑止」のための武力の保有は「正当防衛武力」である範囲を超えるものであり、弁明の余地なく、純然たる「抑止目的」と判断されるため、「1972年政府見解」からしても明らかに違憲である。
(注:「敵基地攻撃能力」「反撃能力」については、敵基地がもっぱら日本攻撃用に限定されるものではなく、言い換えれば日本攻撃用と特定される敵基地があるわけではなく、その敵基地は他国攻撃用でもあると考えられることから、「敵基地攻撃能力」「反撃能力」は日本による他国支援のための武力であるとの相手の認識を呼ぶことにもなる。)
以上からすれば、「抑止目的としての武力の保有」は違憲との判断から保有できない武力としては、「報復威嚇的抑止」の目的以外ではありえない「核」が該当することは明らかだが、その他の武力に関しては「必要最小限度」か否かという状況判断次第ということになりそうである。
もちろん、核武装が許されないことは極めて重要な現行憲法第9条の効果(後注参照)だが、「正当防衛武力」の名のもとに「行け行けどんどん」の安易な軍備増強論がはびこり始め、「必要最小限度」の枠がゆるみきっている現状からすれば、憲法第9条のみをたよりに日本の平和主義の原則を貫いていこうとするのは極めて不十分といわなければならない。
総括すれば、諸国に無用の脅威を与えて軍拡競争に陥ることを防止するため、また国際紛争への我が国の無用の巻き込まれを回避するため、「正当防衛武力」といえどもそれに具体的な歯止めをかける、追加的な法的手当が検討されなければならないと考えられる。
また、「正当防衛武力」の内容として、近視眼的な軍事的効率だけの観点を脱却した、他国に脅威を与えないという意味で軍拡促進的でない、一般国民用シェルターの整備をはじめとする「ハリネズミ防衛体制」の充実が真剣に検討されるべきではないかと考えられる。(そのための防衛費の拡大であればやむをえまい。)
(注:現行憲法第9条の効果のもう1つの柱は、攻守同盟条約(双務的集団的自衛権を内容とする軍事同盟条約)の締結権を否定していることである。)