2014年2月19日
「お内裏さま」の名があるように、おひなさまが天皇と皇后を模したものであることは間違いない。
そのおひなさまを川に流したり、人形供養で焼いたり、首と胴体を離す、廃棄するなど粗雑に扱うことが、問題とならなかったのはなぜだろうか。
特に天皇の神格化を進めた江戸期の国学、明治期の国家神道、昭和の天皇制ファッショという流れにおいて、ある局面では「不敬」が大いに問題にされていたはずなのに、ひな祭りに関して放置されていたのはなぜであろうか。
キリスト像をそのように扱うことがキリスト教では到底許されることではないような気がする。
ひな祭りの歴史についてはパソコンで検索すればいろいろと出てくるが、このような問題意識はまったく無いようだ。
江戸期の国学、明治期の国家神道による天皇崇拝という言わば上からのイデオロギーを庶民が受け容れるにあたって、その抵抗感を和らげる役割を、天皇、皇后とのふれあい経験を提供するひな祭りが一定程度果たしていたのではないだろうか。
また、絶対・無謬として君臨する天皇というイメージを薄め、緩和する役割を、身近に登場する「おひなさま」としての天皇、皇后が果していたのではないだろうか。
天皇制を批判的観点から取り扱う研究において、ひな祭りをこのように取り上げたものを管見にして筆者は知らない。
遅かれ早かれ、天皇制のあり方の議論が再び本格することとなると思われるが、以上のことは検討の一要素となってもよいと考えられる。