2021年12月18日

 

 当面の対応として(それがどの程度の期間であるのかを語る能力を持ってはいないが)半導体の安定供給を確保するためにTMSCの誘致をはじめとする諸対策を政府が講じることに反対するものではない。

 しかし、従来民間にゆだねられていた分野に政府が大きく乗り出していくことについては、その意味するところについての十分な認識と覚悟が必要であることを強く主張しておきたい。

 そして、半導体について今回講じられるのと同様な措置が今後他の産業分野についても講じられることになるのかどうか、講じられるとすればどのような条件の場合とするのか、理論的な検討、国内的な合意形成、国際的なルール作りが必要であると考えられる。

 

 岸田首相の打ち出した「新しい資本主義」の概念の中に含まれているのかどうか、明確な表明がなされてはいないと思うが、TMSC誘致は明らかに「新しい資本主義」と呼ばれるにふさわしい内容を持っている。

 すなわち、民間に従来ゆだねられていた分野について、民間にゆだねておくことはできないという政府の判断に基づき、別言すれば当該分野における市場メカニズムに対する政府の不信に基づき、政府が大規模投資を実施するということであり、TMSC誘致は資本主義の別名である自由主義市場経済とは真っ向から対立する措置と考えられるのである。

 

 他分野について考えてみると、今回の新型コロナ対策をめぐっては、我が国のワクチン開発能力の不十分性が問題となり、自前開発能力の必要性が指摘された。

 エネルギー確保についても政府主導による新供給体制の構築が要請されている。

 食糧安全保障の観点からの自給力の向上は昔から課題とされてきた。

 ほかにも先端的技術分野で政府の登場を要請する声がいろいろとあがっている。

 経済安全保障という観点に立ったとき、市場にゆだねておいたのでは不十分という認識のもと、政府の強い関与による国内生産の確保というのは出てきやすい対策なのである。

 安全保障の上から国にはひと揃いの産業が整っていなければならないという「総合デパート主義」はいつでも安易に登場してくるのである。

 そして、それぞれの事情により政府援助を求める産業は、議会にその応援を要請しつつ、「総合デパート主義」に便乗してくることになるのである。

 

 世界各国でこのような動きが強まってきている。言うまでもなく、このような動きは自由貿易主義、国際分業論と対立するものであり、世界的資源配分の効率性に反するものである。

 また、当初は安全保障という受け身的な発想であったものは、世界経済のブロック化、覇権主義へのベクトルを必然的に持つことになるのである。

 

 シュンペーターは、資本主義は倫理道徳的観点からそれを守ろうとする主体を持たないところがその主義としての根本的な弱みである、というようなことをどこかで語っていたと思う。

(このシュンペーターの指摘は、アダム・スミスの喝破~各人は利己心で行動すればいいのであって、それが公益(国富:資源の最適配分)につながるのは「神の見えざる手」(市場メカニズム)によるとの喝破~すなわち資本主義は経済システム上は倫理道徳を前提としないということからくる論理的必然である。)

 資本主義国家内の各経済主体が、それぞれの個別的な経済合理性に基いて行動し、政府に対して自己に有利な政策を要求する結果、社会は資本主義という看板を掲げながらも、その内実(=市場メカニズムによる資源の効率的配分)を失って非資本主義化し、資源の効率的配分に失敗するということがあり得る。

 TMSC誘致それ自体がそうだと言うのではないが、「苦しい時の政府頼み」という発想の中に以上のような危険性がはらまれていることが自覚され、警戒される必要があるのではなかろうか。