2021年9月27日

 

 ナショナリズムが特殊歴史的なものであり、状況の変化によって消滅しうるものであることの簡易な証明を以下に試みる。

 その簡易化のために民族と国民との間にある微妙な関係をネグレクトし、民族≒国民として論を進める。

 ナショナリズムにはいろいろな訳語が当てられ、種々のニュアンスがあるが、以下ではナショナリズムを「自分たちが所属する国民国家の発展を推し進める思想・運動」という意味で考える。

 

【ナショナリズム形成の必要条件】

 共通言語をはじめとする文化を共有し、一定の地域にまとまって居住する集団、すなわち民族的な集団(注:生物学的な概念としての人種とは一致しない。)が、外部集団からの圧迫を受けて、自分たちの集団を外部集団に対抗するために必要な共同体だと認識したときに集団の共同意識が形成される。これが民族意識であり、国家を形成してナショナリズムとなる。

 すなわち、対立する外部の存在(条件①)と自分たちの集団の共同体性の認識(条件②)がナショナリズムが形成されるための必要条件である。

 

【必要条件の成立と消滅】

1 貧困と飢餓に苛まれていた過去の時代には、外部集団からの収奪の恐れは絶えず 

 存在していたであろう。(条件①の常時成立)

 

2 しかし、他者からの収奪は、外部集団を待たなくても、同一集団内部において、 

 支配階級と被支配階級の関係において、身分という制度の下で、日常的に存在して 

 いた。

  このような集団内の収奪構造は、集団の共同体性という認識を妨げていたはずで

 ある。

  したがって、外部集団の侵入は、民族全体の悲劇の発生の場合(ex.地域から

 の民族全体の排除、奴隷化、ジェノサイド)を除いて、収奪者の交代と観念され、 

 集団の共同体性という認識、ナショナリズムの形成には至らなかったのではなかろ 

 うか。(条件②の不成立)

 

3 近代資本主義の時代に至って、産業資本の要請として(それまでの封建制下の地

 域分断状況を廃して)統一国家の形成が求められた。

  そのためには条件②の不成立という状況を克服する必要があり、上からのものと

 してナショナリズム(資本主義国家における幻想の共同体性)の形成が企てられ

 た。

 

4 資本主義はマネーの前で人間を平等化する(門地、身分で人間を差別しない)。

 資本主義は幻想の共同体性を演出するのに適合的な体制であった。(基本的人権思

 想もここに淵源を有する。)

 

5 現実政治の世界では、市民革命の成就こそが条件②の原理的成立をもたらし、ナ

 ショナリズムを確立したのであった。

 

6 現代の我々が抱いているナショナリズムとは、すなわち近代資本主義を背景に登

 場し、市民革命によってもたらされたナショナリズムである。

  すなわち、ナショナリズムは特殊歴史性を帯びているのである。

 

7 有史以来の人間の自然として民族意識があるという誤解が発生するのは、ナショ

 ナリズムが形成された後の今日の視点で歴史が書かれ、また歴史を読む側において

 も自己内化したナショナリズムの眼で(無意識のうちに集団の共同体性を前提に

 して)歴史を読んでいるということの結果にほかならない。

 

8 特殊歴史性を帯びたナショナリズムは、特殊歴史的な条件が変化すれば、それに

 応じて変質することになる。

  資本主義がナショナリズムを要請するのをやめたとき、すなわち国家がかえって

 経済の桎梏と認識されるようになったとき、言い換えれば国民国家間の対立が経済  

 の効率性の貫徹を妨げていると認識されるようになったとき、条件①の原理的不成

 立によって、ナショナリズムは命脈を断たれることとなる。

 

9 すべての問題がグローバル化している現代は上記8への移行期であると考えられ

 る。