2021年9月6日

 

 外交・安全保障の世界で基本的価値観の共有ということが言われる。その場合にあげられる3つの中に「法の支配」がある。(他の2つは「基本的人権」、「民主主義」)

 この「法の支配」という観点に立った場合、アメリカのアフガン侵攻はそもそもどのように正当化されるのであろうか?正当化されているのであろうか?

 また、撤退最終段階における無人機によるIS幹部の殺害、カブール市内での爆弾搭載車への攻撃(子どもを含む市民の犠牲の発生)、いずれも直前に発生した自爆テロへの報復にまちがいなく、国際法上許容されることとは考えにくい。(タリバンは「主権侵害」とアメリカを非難している。)

 

 日本はアメリカをはじめとするいくつかの国と基本的価値を共有しているとし、「法の支配」を無視する中国、ロシアに対する軍事的包囲網をだんだんと形成しつつある。

 しかし、肝腎のアメリカが国際法無視の国であれば、理屈上、その前提が崩れることになる。

 基本的価値観の共有は、第一義的なものではなく、別の目的のための「たてまえ」に過ぎないのではないかという疑いが生じる。

 

 「基本的価値観の共有」が便宜的「たてまえ」に過ぎないのであれば、日本政府は国民に対して、反中国・反ロシア政策をとる真の理由をはっきり説明すべき義務がある。

 少なくとも、何でもオーケーのくみしやすい相手と侮られることがないように、アメリカに説明を求めるくらいのジャブは出しておくべきであろう。

 

(以上は外交・安全保障上の基本的・重大問題である。自民党総裁選が単なる人気投票にならないように、マスコミは、日本の総理大臣になる候補者に対して、このことについての考えを質してもらいたいと思う。)