2021年3月11日
前日本銀行総裁白川方明氏が「世界4月号」に「中央銀行は漂流しているのか?」と題する文章を寄稿している。
ややむずかしいし、ほとんどの方はこれを読むことはないだろうから、筆者なりに解釈し、筆者のことばで、ここに紹介することとしたい。
なお、筆者の日頃の不勉強及びそれに基づく読解力不足を反映し、白川氏の本意とは異なる紹介になっていたり、白川氏の慎重な配慮による微妙なニュアンスを無視してしまっていたりするおそれが大きい。
あらかじめ深くお詫びを申し上げておく。
経済議論の多くが、日本経済の不調の原因、最大の問題をいつの間にか「デフレ(=物価の継続的下落)」とし、それを貨幣的現象、すなわち金融政策が対処すべき問題、すなわち日銀の問題とした。そこにそもそもの誤りがあった。
経済不調の原因には、構造的要因(注:潜在成長率を低下させる要因)と循環的要因(注:景気の波として発生する要因)がある。
金融政策が対応できるのは、「経済の趨勢的な成長軌道(注:構造的要因の分野)の周りの循環的なショック」、すなわち循環的要因である。
この基本を忘れて経済不調からの脱却をすべて金融政策にゆだねようとする今日までの対応は誤りであった。
経済不調をもたらせた構造的要因には、まず先進国経済に共通の要因があり、そこに日本経済特有の構造的要因が加わるかたちとなっている。
先進国経済共通の構造的要因は、白川論文では触れていないが、開発途上国の追い上げの結果としての先進国の労働生産性の優位の喪失である。
先進国共通の要因に加わる日本経済特有の構造的要因は、急速な高齢化と人口減少であり、それがもたらす財政赤字の拡大、大都市と地方との格差拡大、地域金融機関の経営悪化等である。
構造的要因、すなわち潜在成長力の低下への対策としては、基本的に生産性の向上策がとられなければならない。これは専ら金融政策が対象とする分野ではない。
実行されてきた長期の金融緩和は、生産性の低い分野を温存して経済の新陳代謝を阻害し、社会全体の生産性の向上を妨げるものであり、潜在成長力を高めなければならないという課題に逆行する。
この逆行は、短期の緊急やむを得ざる措置としては是認されても、長期に継続されることは弊害が大きく、非合理である。(白川論文は触れていないが、「MMT(現代金融理論)」はこのことを無視している。)
バブルの経験を踏まえ、持続的成長を妨げるものとして、まさに貨幣的現象である、金融的不均衡を考えておかなければならない。
金融的不均衡とは、債務の過剰と資産価格の上昇であり、金融危機を発生させる原因となる。
白川論文はストレートに言ってはいないが、長期の金融緩和はこの金融的不均衡を拡大させている。
この金融的不均衡への対応のあり方(注:おそらく危機に至らないうちの事前対応のあり方のこと)が検討されなければならない。
白川論文では、中央銀行の役割は、国民の期待によって変化するものであるとし、従来の役割である通貨や信用のコントロールに加えて、生産性上昇率低下、地域金融機関経営の困難性等構造的要因の分野に入ると思われる課題への中央銀行の対応、雇用の最大化、気候変動への対応等の社会目標への中央銀行の関与等についての検討の必要も指摘している。(構造的要因に関わる課題については白川氏は積極的、政治性をおびる社会目標への関与については白川氏は警戒的と感じられる。)
白川論文はさらにいろいろなことを示唆していると思われるが、冒頭申し上げたとおり、筆者の能力の限界があり、紹介は以上とさせていただく。