2020年11月12日

 

 文芸春秋12月号、佐藤優『権力論~日本学術会議問題の本質』、採点すれば30点だ。佐藤優の名前がなければ50点をあげてもいい。しかし、佐藤優の名前による「もっともらしさ」によって間違った認識の読者を生んでしまうこと、佐藤優ゆえの衒学的表現による不要な装飾、そして世にある反共産党心理に寄りかかった論述振りにより20点の減点だ。

 

 得点のほうはまず、任命拒否が「政治的パージ」であることの指摘に対して与えられる。政府は一貫してこれを否定しているが、これはさすがに客観的に否定できないことだ。このことをあらためて指摘したことを評価して得点とする。

 ただし、任命拒否された6人のうち、「真の標的」は「日本共産党系の民主主義科学者協会法律部会」の3人であり、狙い撃ちが露わになることを隠すために他の3人を「まぶした」という佐藤優の推定はいただけない。冒頭に減点の理由に上げた「反共産党心理への寄りかかり」がここに出ていると思われる。任命拒否の6人以外にもいるといわれる反政府的な主張を持つ学者の中から公聴会で発言したことなどにより目立った6人を選んだというのが実情と考えられる。

 

 次に得点を与えられるのは、今回の事件が関係者一致のもとで事前に綿密に計画されたものではない、官邸としては思わざる事態だという認識だ。

 ただし、これにも注釈が必要だ。佐藤優は、「情報官僚」が反共産党という「職業倫理」「欲動」によって本件を主導したのであり、あたかも首相、正副官房長官はめくら判を押しただけのように説明する。この説明はいくらなんでも無理である。佐藤優は十分承知のはずだが、官僚がリスクを冒して「政治」をすることは絶対にない。

 筆者の推定するところでは、本件は突然の首相交代によって生じたもので、問題点の詰めは終了しているとの菅首相と加藤官房長官の思い込みによって発生したものだと思う。本件のそもそもの原点は新安保法制等を批判する学者に対する安倍首相の憤りであり、安倍首相は警察出身の官僚トップ・杉田官房副長官との間で反政府的学者への対応措置を検討していた、その段階では当時の菅官房長官は脇で動きを見るにとどまっていた、首相交代になって杉田官房副長官から上がってきた任命拒否案件を菅首相は安倍・杉田案件として知っており、問題点の詰めも終了しているからこそ上がってきたのにちがいないと判断して案件を了承したのであろう。また、新任の加藤官房長官は、この案件を安倍内閣時代からのものであり、菅首相が官房長官として十分に関与した案件との認識のもと、それにとやかく言う立場にはないとの判断から、深い吟味をすることなくこの案件を了承したのであろう。筆者は、事ここに至っていちばんほぞをかんでいるのは加藤官房長官だろうと考えている。

 いずれにしても、佐藤優の言うような官僚独走はありえないことだ。そして佐藤優が官僚独走論を唱えながら、官僚トップ・杉田官房副長官を主役から外しているのは不自然なことと感じざるを得ない。

 

 そして、あと1点、佐藤優の論述に得点を与えられるのは、「情報官僚」という存在の指摘だ。佐藤は、これを「警備公安担当の警察官僚だけでなく、法務官僚、外務官僚、防衛官僚のうち情報部門への勤務経験がある者」としている。個人として存在しているのではなく、明確に組織として存在しているであろう。この情報官僚が共産党をもっぱらターゲットにしているかのごとく佐藤優は書いているが、「情報官僚」の作っているブラックリストは、およそ反政府的傾向を持つあらゆる人々に及んでいるであろう。彼らの公私にわたる言動が細大漏らさず記録されているであろう。そして、そのブラックリストは、政府批判勢力にスキがあると判断されたとき、政府批判勢力を抑圧するために、直ちに活用されるであろう。ただし、その活用のスイッチを押すのは、あくまでも政治家であり、官僚ではない。

 

 次に大きな減点要素だ。論述の最後で佐藤優は次のような忠告をしている。「現在、学術会議問題をめぐって、アカデミズムの側が‶戦線″を積極的に拡大し、「科研費を守れ」などと先回りして騒ぎ立ててしまうと、これが1つの「アジェンダ(課題設定)」となり、話題になればなるほど、菅政権としても問題にせざるを得なくなります。」この忠告は、任命拒否を問題とする側に対する、静かにしていないと大変なことになりますよとの恫喝だ。この恫喝は、論述の冒頭においても、「もともと菅政権にそこまでの意図はなかったと私は見ています。」とのんびりしたことを言っておいて、「予言の自己成就」という言葉を使って「この諍いが続くことで、結果的に「学問の自由に対する介入」が本当に起きてしまうかもしれない。」という言い方でなされている。

 佐藤優は、相手を慮(おもんばか)って忠告している態度をとりつつ、恫喝しているのだ。中立を巧みに装いつつ、結局は学術会議任命拒否問題の鎮静化を図ろうとする勢力に与しようとするものと考えざるを得ない。そのために個々の指摘に聴くべきところがあっても、50点を超えさせることはできないのである。(ほかにも論点はいくつもあるが、いずれも減点要素であり、このぐらいにしておきたい。)