2020年10月22日

 

 「自分が何処の何者であるかは、先祖たちに起こった厄災を我身内に負うことではないのか。」

 今年2月に亡くなった文豪古井由吉氏の「遺稿」の最後の文である。

 自分の場合を考えてみる。先祖といっても顔を知るのは父方の祖父と両親のみ。自分が生まれたとき、母の一族は皆亡くなっていたし、父方の祖母もすでに亡くなっていた。母の一族は母の祖母が終戦直後に、母の弟が戦時中に亡くなった。父方の祖母は、父の妹、弟とともに、3月10日の東京大空襲で亡くなった。祖父は近くに落ちた爆弾で耳が不自由になっていた。「我身内に負う」べき「先祖たちに起こった厄災」とは、自分の場合には戦争ということになる。

 母の弟の死は戦時中の医療の不足と栄養不良が原因であると母は語っていた。父は東京裁判を傍聴したと言っていた。復員したところ、自分の母、妹弟が空襲で亡くなっていたわけで、そのことをどう考えたらいいのか、何とか整理をつけようと東京裁判の傍聴に出かけたのだと推測している。開戦には軍部、政治家のみならず、一般国民にも責任があるというような青二才発言をしたところ、怒るというのではない、悲しい表情の抗議を受けたことがある。

 もし、自分が直接にこの災厄を受けることになっていたとしたら、狂気に陥ることなく日常を過ごすことはできなかったであろう、と幾たびか思ったこともある。

 「自分が何処の何者であるか」、すべてではないにしても、そして忘れがちではあるが、戦争という厄災のかなりの重みがあることを、あらためて感じさせられた。