2019年8月19日

 

 

 8月17日()放映された「NHKスペシャル・昭和天皇は何を語ったのか~初公開「拝謁記」」について視聴直後の感想を報告しておきたい。

 

 

 サンフランシスコ講和条約締結による日本の独立回復を祝う式典において国民の前で日中戦争、太平洋戦争についての悔恨、そして反省を表明したい昭和天皇、その意を受けて初代宮内庁長官・田島道治が作成した案文に対して総理大臣・吉田茂がその部分の削除を要求、宮内庁長官・田島道治は総理大臣の要求の線で天皇を説得、最終的には天皇はその説得に応じる、というのが、宮内庁長官・田島道治が残した克明な記録「拝謁記」に基づくこの番組の中心ストーリーである。

 

 

 日中戦争、太平洋戦争の戦争責任について日本国政府は軍閥を犯人に仕立て上げ、いわば軍閥単独有罪論で敗戦処理にあたった。そして当時の東西緊張という国際情勢の中で日本を西側陣営にうまく取り込むためにアメリカはそのフィクションを採用した。その結果として日本はその基本的体制を維持してサンフランシスコ講和条約締結に至った。天皇の悔恨・反省表明はこのフィクションにいささかの掉さす効果を持つもので、吉田の削除要求はフィクションの貫徹という観点から当然のものだったと言えるだろう。

 

 

 しかし、この結果、フィクションの不十分性として天皇の戦争責任についての曖昧さというものが残らざるをえなかった。絶対的権限を持っていたはずの天皇がなぜ軍閥を抑えられなかったのかということへの疑問が解消されないまま今日に至っていたのである。

 

 

 今回のこの番組はこのフィクションの不十分性、天皇の戦争責任の曖昧さについて一定の解決をもたらすものということができるであろう。

 すなわち、張作霖爆殺事件、満州事変における軍部の独断専行(天皇はそれを「下剋上」といっている。)に対して断固たる措置をとらなかったことがその後の軍部専横を許したのであって、その時点で的確な措置をとらなかったことについて責任があったという認識を天皇は宮内庁長官に表明しているのである。いわば事前抑制措置が不十分であったことに対する責任論であって、結果的にその後の責任を免れることとなる考え方である。そういう部分的戦争責任の考え方ではあるが、天皇の戦争責任についての説明として成立することにはなる。天皇はそのことについて悔恨し、反省している。

 当時ではわからないが、現時点では、天皇には戦争責任はやはりあったのだ、ゆえにしかるべき措置がとられるべきだというような動きが出てくる余地はない。

 番組はある意味では疑問を解決し、かつ昭和天皇の国民に対する誠意も十分に証明して「めでたし、めでたし」で終わるのである。

 

 

 しかしながら、軍閥単独有罪論+事前抑制措置不十分・部分的天皇責任論ではまだ大きな不十分性が残る。番組では一橋大特任教授吉田裕が述べているが、仮に天皇が戦争責任を国民の前で明らかにすることがあれば、軍閥に屈したのは天皇一人のみならず、国民一般も同様であり、国民の責任という議論が惹起されることになったであろう。残る不十分性とは国民一般の戦争責任についての曖昧性なのである。その議論が不十分なまま、戦意高揚に大いに力をふるったマスコミは戦後も生き残り、一度は解体された財閥も事実上は維持され、何よりも国全体のヒエラルキーは戦後も残存したのである。

 軍閥、天皇といったレベルでの戦争責任の処理は、議論を支配階層の問題に限定する、これもまたひとつのフィクションである。このような発想の仕方は国民を支配階層待ちの受動的性格に導くもので、主体的能動的国民を育成するものではない。そして国民の支配階層待ちの受動的性格こそ、発生する事態の評価分析を全面的に支配階層にゆだね、日中戦争、太平洋戦争の遂行を可能ならしめたものと言わなければならない。

 今回のこの番組も、この観点からすると現代の我々の課題に的確に答えるものではないという不満が残るのである。

 

 

 以上は番組の内容をそのまま受けとめた感想であるが、歴史認識に対する番組の影響力は極めて大きいと考えられるので、次のようなチェックの必要を指摘しておきたい。

 宮内庁長官・田島道治が残した「拝謁記」については、書き直された形跡がないかの確認の必要がある。東京裁判で証拠採用され、軍閥単独有罪論的性格の強い内大臣木戸孝一日記は改ざんの疑いがあるというような例があるからである。また、NHKは小出しにニュースで「拝謁記」の内容を報道しているが、全文を公開する必要がある。番組中に9条改正の必要性を天皇が語っていたというつまみ食い的な危険な部分もあったが(これはこれで死んだとはいえ天皇の政治的利用であって今後重大問題となるはず)、一方で現在の政府に都合の悪い内容が隠されていないのか、さらにはそもそも新たなるフィクション成立に反する内容はないのか等が確認されなければならない。