2018年10月9日
金言というよりは警句といったほうがいいかもしれない。本庶佑さんはいろいろ大切なことを話されているようだが、筆者にとって最も大事だと思ったのは「教科書に書いていることを信じない。」という発言だ。自分の頭で確信できるまで教科書を信じるべきではないという言い方であったと記憶している。
権威に対する不信感を筆者は種々表明してきてはいたが、基本的知識を小学校以来の教科書に依存してきたということは否めない。鵜呑みにしているだけの事柄がいろいろあるわけで、「信じるべきでない」と言われると正直なところ不安がよぎる。
教科書に書いてあったことで間違っていたことは何かと考えてみて、何か具体的に思いつくことはあるだろうか?筆者の場合、思いつくことがどうも見当たらない。
ただし、教科書の間違いではないが、教科書が触れなかったこと、触れようとしなかったこと(サボタージュ)があるのには何点か気づいてきた。最近になって明らかになったビッグ・バン宇宙論、評価がむずかしい近現代史、理系文系を問わずいまだ解明されていない事柄は教科書の性格上無理からぬこととして除き、それらを列挙してみよう。
音が伝わるのに媒介物が必要であるのに光が伝わるのに媒介物が必要でないのはなぜか?
西洋思想史はなぜソクラテス、プラトン、アリストテレスから始まるのか?
武士は農民からどのように生まれてきたのか?
音階が平均律でないのはなぜか?
市場メカニズムが計画経済よりもすぐれているのはなぜか?
みなさんの場合、教科書の間違い、サボタージュについてどのようなお気づきがあるだろうか?
(なお、憲法9条のもとで自衛隊を合憲とする政府見解、領土問題についての他国の主張とそれへの反論は、近現代史の事柄とはいえ我が国として明確にしているはずのことで、教科書できちんと教えないのは不思議に思わざるを得ない。)