2015年9月23日



 ジャーナリズムがもっている根本的問題はジャーナリストの資質、能力、イデオロギー、善意・悪意にあるのではない。もちろん部分的にそれがあることは否めないが、それが原因であるとする考え方は、良い政治家が政治をすれば良い政治になるはずだという議論と同様の「無い物ねだり」になってしまい生産的でない。

 ジャーナリズムがもっている根本問題は、ひとりひとりのジャーナリストが我が国の勤労者一般が今抱えているのと同じ問題、すなわち仕事が忙しすぎて時間がないという、言わば極めて単純素朴な問題を抱えていることと考えられる。別の言い方をすれば、高い社会的使命を背負わせられながらも、ジャーナリストの現実は我々と同じ生活に追われる勤労者にすぎないということ、さらに加えれば、生産性・効率性という鞭で絶えず尻を引っぱたかれている勤労者であるということと考えられる。



 忙しくて時間がないから、片言隻句で人の考え方を断定してしまう、事実のほんの一部によって全体を語ってしまう、木を見て森を見ず、数本の木が枯れていたから森は枯れつつあると書く、このような即席料理調理人にジャーナリストが陥っていることがジャーナリズムの根本問題だと考えられるのである。

 真実を、ことの本質をとらえた真実を人々に伝えるのがジャーナリズムの社会的使命である。しかしその社会的使命に十分応えられない。その原因は馬車馬のようにこき使われる結果、手の込んだ料理を作る余裕がなく、ジャーナリストが即席料理しか提供できなくなっていることにある。これを「ジャーナリスト即席料理人論」と名づけておこう。



 「ジャーナリスト即席料理人論」に関連する3つのエピソードを紹介しよう。



 その第1は「『全文リットン報告書』は長い」である。

 筆者は1092で報告したように、最近、渡部昇一解説・編の「全文リットン報告書」(ビジネス社)を読んだ。1092にも書いておいたように週刊ダイヤモンドの櫻井よし子のコラムでこの本を知ったのが本書を読むきっかけである。

 本書はB6判333頁である。そのうちの1割弱、29頁が渡部昇一の解説であり、残りの約300頁がリットン報告書(1931年の満州事変について調査するため当時の国際連盟に設置されたリットン調査委員会の報告書)である。

 櫻井よし子は「満州事変が『侵略戦争』の始まりだと主張する人々にぜひ読んでほしい本がある。」として本書を推薦している。正確に言っておくと櫻井よし子が推薦しているのは「リットン調査団の報告書を渡部昇一が解説した『全文リットン報告書』」である。「リットン報告書」そのものではない。櫻井よし子はそのものではダメなのである。要するに渡部昇一の「解説」がキモなのである。

 筆者と同様に櫻井よし子の文章を読んで本書を読もうとなったジャーナリストがいたかもしれない。そしてそのジャーナリストは気づくであろう。この本のキモは渡部昇一の「解説」だな、と。そして「解説」は29頁と短いから読むであろう。さて、そこで終わらずに、渡部昇一は信頼できないから「リットン報告書」そのものを読もうと考えるジャーナリストはいるだろうか?いるとすれば、渡部昇一を敵と認識している立場のジャーナリストか、たっぷり余裕があって300頁に挑む意欲のある比較的に暇なジャーナリストであろう。

 多くのジャーナリストは「解説」のラインに従って、「『リットン報告書』は満州事変を侵略と書いていない。」「国際連盟が派遣した調査団でさえ侵略を認めなかった。」と本書を読み、場合によっては櫻井よし子のように記事に書くであろう。

 忙しくてリットン報告書そのものを読まなかった敗北である。読んでみれば、「侵略」という言葉を使用してはいないものの(その理由は、満州事変の前から日本はじわじわと満州における権益を拡大してきており、満州内にすでに進出していたから、フセインのクウエート侵略のような典型的な侵略の外見はなかったからだ。)、満州における日本の行動を極めて特別なもの、異常なもの、正当化できないものとリットン調査団が認定していることがよくわかる。当時の日本政府がこの調査報告書を認めず、国際連盟脱退に至るのだから、当たり前すぎることだが、日本に肯定的であるはずがない。

 「解説」しか読まなかったジャーナリストは中身と違う効能書きにすっかりダマされてしまったのである。櫻井よし子もまた同じような犠牲者なのかもしれない。いずれにしても、時間があって報告書そのものを読む余裕があれば、中学生程度の読解力で十分にリットン報告書の内容を理解することができ、「侵略」という単語が使われなかったということが全体からすれば些事であることを読み取ることができるのである。

 問題を発生させた原因は、一に掛かってジャーナリストに長い報告書を読む余裕がないというところに存する。


 

 その2に続く