2014年5月17日
集団的自衛権の行使は憲法の解釈変更で可能とする15日(木)に発表された安保法制懇報告(以下、単に「報告」という。)の主張の中核は次の点にある。
すなわち、憲法第9条第2項で不保持とされる「戦力」と認めないとされる「交戦権」は、すべての「戦力」、すべての「交戦権」ではなく、限定された条件付きの「戦力」「交戦権」であるとするところである。(筆者の見解は、これまで報告しているように、第9条第2項の「戦力」「交戦権」は条件の付かない、すべての「戦力」「交戦権」であり、したがって「戦力」「交戦権」たるものである以上絶対的に不保持、否認となる、というものである。)
そして、報告では、その条件の付加は第9条第2項冒頭の「前項の目的を実現するため」という文言によってなされている、とされている。
すなわち、「憲法第9条第2項は、第1項において、武力による威嚇や武力の行使を「国際紛争を解決する手段」として放棄すると定めたことを受け、「前項の目的を達するため」に戦力を保持しないと定めたものである。したがって、わが国が当事国である国際紛争を解決するための武力による威嚇や武力の行使に用いる戦力の保持は禁止されているが、それ以外の、すなわち、個別的また集団的を問わず自衛のための実力保持やいわゆる国際貢献のための実力保持は禁止されていないと解すべきである。」としているのである。
しかし、そのような解釈は次の2点により、無理やりなされたものと言わざるをえず、成り立ちようがない解釈だと言わざるを得ない。
第1点は、報告が主張するような趣旨で条件付加されているのであれば、「前項の目的を実現するため」というようなあいまいな書き方は絶対にしないということである。もし、書くとすれば、例えば「自衛のための戦力を除き陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない」というような書き方になるはずである。
第2点は、報告が主張するような趣旨で条件が付加されているのであれば、第2項の交戦権に否認規定は第1項の戦争放棄規定と完全にダブった規定ということになってしまうということである。すなわち、第2項は「国際紛争を解決する手段として行使される交戦権は、これを認めない」ということになり、第1項の「国権の発動たる戦争……は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という規定とまったく同じことを言っていることになる。法令において同じことを2度書くということは絶対にありえないのである。
報告は「本懇談会による憲法解釈の整理は、憲法の規定の文理解釈として導き出されるものである」としているが、以上のように、到底世間で通用しない乱暴な文理解釈であると断じざるを得ない。もしこのようなナンセンスな文理解釈が、しかも国家の基本である憲法の場で、まかり通るようなことがあるとしたら、後世はこの日本を異常狂気の社会であったと笑うであろう。誇り高い今日の法律専門家たちがその恥に耐えるとはどうしても思えないのだが……