2014年5月14日
15日(木)安保法制懇からの報告書が提出され、同日安倍首相が記者会見を行い、政府の「基本的方向性」について説明を行うという段取りが決まったようである。13日(火)の朝日朝刊によれば、政府は集団的自衛権行使容認(現憲法下における集団的自衛権行使の合憲性)について理解を得るため、「基本的方向性」の中に集団的自衛権行使の事例(以下、「行使事例」という。)を集団安全保障、グレーゾーン事態の事例とともに盛り込む予定のようである。
行使事例とは、集団的自衛権を行使することが必要と政府が判断しており、かつ憲法解釈によってこれまで違憲とされてきたが、解釈変更によって合憲と判断することができると政府が説明する事例である。
安倍首相の記者会見でこの行使事例が説明されることになるだろう。朝日朝刊に行使事例が紹介されているので、集団的自衛権との関係、合憲性等についてあらかじめ検討することとしたい。
(なお、「基本的方向性」においては、集団的自衛権と集団安全保障とが分けて取り扱われているようであるが、「自国防衛の場合に他国の協力行動が得られることを期待して実施される、自国が攻撃を受けていない状況における他国の防衛への参加協力」という意味では両者は同じであり、その意味で集団安全保障は集団的自衛権の概念に含まれると考えられ、国連憲章においてもそのように取り扱われている。したがって、その合憲性の検討にあたって、両者を分けて考える必要はないと考える。)
検討の便宜のため、再び憲法第9条を掲げておく。
第9条条文
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
まず、憲法第9条の条文について、あらかじめ検討に必要な事項を説明しておこう。
第1項は、いわゆる戦争放棄を定めたものであるが、「国際紛争を解決する手段としては」という条件が付けられている。この条件付加によって自衛権は放棄されていないということになる。侵略戦争が放棄されているのである。したがって、第1項では集団的自衛権は放棄されていない。
第2項は、いわゆる戦力の不保持と国の交戦権の否定を定めたものである。ここでは不保持の戦力についても、否定されている国の交戦権についても、何らの条件も付加されていない。したがって、戦力と国の交戦権については、それが戦力であり、国の交戦権である限り、認められる余地は条文上まったくない。何らかの実力的措置・行動が合憲であるためには、それらの措置・行動が戦力ではない、国の交戦権の行使ではない、と説明されなければならない。自衛隊の存在及び自衛隊の行動は、外国軍隊の日本への侵略という急迫不正の事態への対処のためであり、そのための実力は戦力ではなく、実力の行使は国の交戦権の行使ではないという説明によって合憲とされている。
行使事例はいずれもが第1項に違反するとは考えられず、したがって以下、行使事例が第2項に違反するか否かを検討することとなる。
行使事例は10例であるが、うち2例はグレーゾーン事態といわれるもので、憲法上の問題ではない。したがって検討から除外する。
行使事例1 「公海上で米艦船への攻撃に対する応戦」(行使事例の表現は朝日朝刊掲載の表現によっている。以下同じ。)
日本が攻撃を受け、米艦船が日米安保条約に基づいて対応行動している状況で、日本を攻撃している国から攻撃を受けた場合は、それへの自衛隊の応戦は、日本の個別的自衛権行使の一環として考えられるため、合憲である。すなわち、憲法解釈の変更を要しない。
その他の応戦の場合は、米艦船を攻撃した国に対する日本の戦争開始であり、国の交戦権に基づくものであって、違憲である。これを合憲とする解釈の余地はない。(解釈の余地なく違憲の場合は、これを行使できるようにするためには、言うまでもなく、憲法改正をする必要がある。以下についても同じ。)
行使事例2 「米国に向かう弾道ミサイルの迎撃」
ミサイルを米国に向けて発射した国に対する日本の戦争開始であり、国の交戦権に基づくものであって、違憲である。これを合憲とする解釈の余地はない。
なお、この事例に限らず、技術的不可能性、あるいは単独では起こり得ない事象であること等により、行使事例は机上の空論で現実性がないという専門家の意見があることをここで指摘しておきたい。
行使事例3 「日本近隣で武力攻撃した国に武器を供給するために航行している外国船舶への検査」
検査それ自体は「武力攻撃した国」「外国船舶船籍国」に対して戦争を始めるものではない。したがって、検査のみであれば国の交戦権の行使とはならない。検査権限の根拠となる立法によって検査を実施することが可能である。
しかしながら、実際には「武力攻撃した国」「外国船舶船籍国」を敵として、検査実施のために武力の行使、ないし武力による威嚇を行うものであり、戦争状態に突入することを予定して検査を行うものであることからして、国の交戦権の行使に限りなく近い行動ということになる。したがって検査にとどまるものであることが明確に定められていない限り、違憲とせざるを得ない。
行使事例4 「米国を攻撃した国に武器を供与した外国船舶への検査」
行使事例3と同様である。
なお、行使事例3と4をわざわざ別の事例として取り扱おうとする政府の意図は理解できない。行使事例3の検査対象のイメージは北朝鮮への武器供与船舶、行使事例4の検査対象のイメージはアメリカを攻撃した国に武器供与する北朝鮮船舶であるという違いがあるにすぎないであろう。
行使事例5 「日本の民間船舶が航行する外国の海域での機雷除去」
機雷を敷設した国に対する日本の戦争開始であり、国の交戦権に基づくものであって、違憲である。これを合憲とする解釈の余地はない。
また、機雷敷設によって日本に経済的重大被害が生じることが想定されるが、憲法上、経済的重大被害では実力行使を容認しうる急迫不正の事態ということはできず、個別的自衛権行使として機雷除去することも違憲である。
行使事例6 「朝鮮半島有事の際に避難する民間の邦人らを運ぶ米航空機や米艦船の護衛」
護衛の結果、戦闘状態に入ることが十分予想されるが、邦人救出を確保するための限られた行動であり、国の交戦権に基づくものとは言えないから、合憲である。
もちろん、自衛隊がそのような活動をすることについて立法措置を要する。
行使事例7 「国際平和活動をともにする他国部隊への『駆けつけ警護』など自衛隊の武器使用」
ここでいう国際平和活動とは国連の国際平和維持活動(PKO)のことと考えられる。(次の事例も同じ。)
日本が参加している国際平和活動の実効性確保のための行動であり、かつ緊急事態への対応であれば、国の交戦権に基づくものとは言えないから、合憲である。
もちろん自衛隊がそのような活動をすることについては立法措置を要する。
また、この場合の武器使用は、その目的からして集団的自衛権の行使というべきものではない。
行使事例8 「国際平和活動に参加する他国への後方支援」
後方支援の内容が他国の軍事行動と一体性を有するものであれば、後方支援という名目であるものの、あらかじめ計画的に行われる戦争参加であり、国の交戦権の行使と認められ、違憲である。
以上を整理すれば、行使事例は、集団的自衛権とは言えず憲法の現在の解釈で合憲と考えられる事例(行使事例1の一部、行使事例6、行使事例7)と、解釈によって合憲とすることが不可能な事例(行使事例1の一部、行使事例2、行使事例3、行使事例4、行使事例5、行使事例8)ということになる。
すなわち、行使事例をもって集団的自衛権(の一部)を合憲としようとする安倍政権の試みは破産しているということになる。
なお、みんなの党は、集団的自衛権一般が憲法レベルでは許容されていると解釈し、法律でその行使に制約をかけるという考え方を取りまとめたようである。このような考え方は、法令の解釈は法令に使われている文言に規定されるという法治国家の大前提に反するもので、論ずるに値しないということを最後に申し上げておきたい。