2013年7月11日
安倍首相に感謝しなければならない。おかげで筆者はノーベル経済学賞受賞者を批判するという光栄に浴する。
ポール・クルーグマンは08年ノーベル経済学賞受賞の米・プリンストン大教授である。アベノミクスの「異次元の金融緩和」を称揚し、金融引き締めを示唆した米・連邦準備制度理事会(FRB)を批判している。
7月11日(木)朝日朝刊(地域によっては多少の違いがあるかも)の「クルーグマンコラム」(7月8日N・Yタイムズの転載)での主張は次のとおりである。
・ 雇用(アメリカの)が回復したといっても、完全雇用状態からはほど遠い水準でしかない。
・ にもかかわらず、FRBは金融緩和政策を縮小しようとしている。
・ 民間に投資需要があり、景気回復のチャンスがあるのに、FRBは金利を上げてそれを妨げようとしている。
・ FRB(その中のタカ派:金融引締め派)はポテンシャル(潜在成長率:自然な経済成長の実力)を意図的に低く見積もって、実力を超えるマネー供給はインフレを引き起こすという論理で自分たちの政策の正当性を説明している。
・ 第2次世界大戦を想起せよ。経済政策による完全雇用の実現をさぼっていると戦争による完全雇用の実現ということになりかねない。
「要するに、今でさえ不十分な回復が、あしき政策によってさらに妨げられてしまうリスクが現存するということだ。」と言い、「日本銀行が今試みているような積極的な金融政策をFRBがとれば、成果が出るかもしれない。」と言ってくれているのである。
《 アメリカには「オイル・シェール革命」という要素があり、潜在成長力について日本との事情の違いがあると思われる。しかし「オイル・シェール革命」の実力についての計数的評価に筆者はまだ接していない。ただ、御当地のFRBがこの要素を考慮していないなどということはあり得ないことと判断している。》
さて、金利上昇が民間投資を妨げ、潜在成長力のフルの発揮(=完全雇用の実現)を妨げているのなら、(かしこき日本のごとく)金融緩和をひたすら実行すればいいはずだというクルーグマンをはじめとする金融緩和派の主張に対する一般的批判は次のようなものだ。
・ それは通貨引き下げ政策であり、
・ したがって輸入品物価の高騰を呼ぶ。
・ また近隣窮乏化政策(貿易条件の自国有利・他国不利を導く)であり、世界的通貨引き下げ競争を呼ぶ。
・ 投機資金の供給による投機に起因するインフレを呼ぶ。
これらの批判は次のような反批判を受ける。
・ 輸入品物価の高騰によるデメリット、投機によるインフレというデメリットは否定しないが、そのデメリットを超える経済成長・完全雇用というメリットを国民経済は享受する。副作用のデメリットを超える治療効果がある。
・ 通貨引き下げ競争ではなく、アメリカも金融緩和、日本も金融緩和、EUも金融緩和という協調的金融緩和政策を採用すればいい。それを通貨引き下げ競争ととらえる必要はない。世界的超低金利状態は、財政再建という課題の解決も含めて、みんなハッピーとなる。
このような反批判は現在の黒田日銀路線支持者の考えている(夢想している)ところだと思われる。(黒田総裁を含め日銀内部ではまさか本気で考えられてはいないはずだが……)
しかし、批判の第2点の実現は、①各国ナショナリズムの存在(自国の経済成長・完全雇用を他国のそれよりも優先するという国家の本性を超克しえない宿命)と②世界的投機資金の跳梁跋扈による激しい経済変動により事実上困難である。
現代の世界経済の基本問題の一つは世界的投機資金の跳梁跋扈である。
その端緒は1960~70年代に遡る。石油価格高騰によるアラブ・オイルマネーの発生である。実需をはるかに超えた(アラブでは使い切れない)マネーがヨーロッパに投機資金として流入し、外国為替市場を混乱させ、幾多の通貨危機を招来した。いわゆる世界経済の「カジノ化」、「カジノ資本主義」の始まりである。
世界的金融緩和政策の照準は経済成長・完全雇用に向けられてはいるが、その命中率は低い。オイルマネーを淵源とし当時は「小鬼」などと呼ばれた投機マネーは、その後はるかに巨大な「妖怪」へと成長かつ変身している。世界的金融緩和政策により供給されるマネーは、現代の世界経済混乱の主原因たるその「妖怪」に供給されるマネーとなるのである。
「市場との対話」などということがもっともらしく語られる。その「市場」とは「カジノ市場」のことである。その「カジノ市場」を更にパワーアップし、そのわがままに今よりもなお一層振り回されるというのが世界的・協調的金融緩和の帰結である。
したがってノーベル賞のクルーグマンが何を言おうと、クルーグマンの際限なき金融緩和継続路線が採用されることがあってはならない。
正しい主張がなぜ通らないのかと憤懣を募らせる、実は経済の本質を知らない、小金運用で人生を費消する人々の精神的安定を図る役割がクルーグマンの役割であって、それ以上の役割を彼に果たさせてはならない。