2013年5月10日

 岩井克人東大名誉教授(1947年2月13日生まれ)の著書「ヴェニスの商人の資本論」「不均衡動学の理論」「貨幣論」などは資本主義の本質を理解する上で極めて重要な書物である。
 これらの著書は一般読者向けに書かれたものであり、若い読者、とりわけ経済を志す人たちへの推薦図書として筆者はいの一番に推薦することにしている。
 氏は近代経済学(非マルクス主義経済学)の立場に立つ経済学者であるが、マルクス主義経済学を十分に踏まえた上で、マルクス主義経済学を超える資本主義理解を提供していると筆者は評価している。
 その岩井名誉教授の「お金と期待の関係」に関するインタビュー記事が5月7日()の朝日新聞夕刊に掲載された。
 その語るところは資本主義の本質にかかわるもので、期待どおりの極めて示唆に富んだ内容であった。
 しかしながら、インタビューの中のアベノミクス評価にかかわる部分において、極めて残念ながら、岩井名誉教授は世間に誤解を生む雑駁な発言をされてしまっている。
 (インタビュー記事とはいえ、氏による事前原稿チェックがされていないはずはないと思う。)
 次のようなやりとりである。

(質問)「アベノミクスでも期待に働きかけることが注目されています。お金の価値を下げることを意味するインフレは、穏やかな限り『よいこと』とされている意味とは?」
(
) 「資本主義とは、お金があるがアイデアはない人が、アイデアはあるがお金がない人にお金を貸すことによって、アイデアを現実化していくシステムです。デフレの時は、お金を持っているだけで得する。人々はお金それ自体に投機し、貸し渋りが起こった。インフレの期待は、人々をお金それ自体への投機から、アイデアに対する投機、さらにモノに対する投機に向かわせるのです。」
 

 「投資」(インベストメント)と言わずに「投機」(スペキュレーション)という言葉を使っているところが岩井名誉教授の現実経済に対するスタンスの微妙なところであるが、一方で肯定的ニュアンスをもつ「アイデア」という言葉を使っていることによって自分の発言をアベノミクスによるインフレ期待醸成策を全面的に肯定する発言にしてしまっている。

 お金を使うアイデアにはいわゆるイノベーションと言える社会的貢献度の高いアイデアもあるが、酷薄で、鼻白む、儲けのネタとしか言えない非生産的アイデアが数多くあるというのが現実である。「アイデア」という言葉はこの否定的現実を忘れさせる効果を持つ。

 そして、前段で資本主義を「アイデアを実現していくシステム」としておいて、後段でインフレの期待は「人々を……アイデアに対する投機……に向かわせるのです。」と語れば、岩井名誉教授の発現はあたかもアベノミクスをイノベーション現実化策と評価しているかのごとく理解されてしまうであろう。
 

 デフレとインフレとを比較すれば、デフレがお金の退蔵を呼びやすく、インフレがお金の使用を促すということは事実ではある。
 しかし、デフレにしろインフレにしろ、同じ資本主義経済のもとで発生しているのであり、デフレ期でもインフレ期でも資本主義経済が絶えず投資(投機)先としてアイデアあるいはモノを求めている基本に変わりはない。
 現在は投資(投機)先が十分にないため、デフレという事態になっているが、その十分な投資(投機)先がない原因にさかのぼることなく、また政策実施による利害得失を厳密に検証することなく、単に「アイデアに対する投機、さらにモノに対する投機」を促すとしてインフレ政策を肯定することは到底できない。
 

 岩井名誉教授がこれらのことを知らないはずもなく、岩井名誉教授はデフレとインフレの性格について一般論を述べたに過ぎないのであろう。

しかし、一般論であるとの留保なき発言は岩井名誉教授がアベノミクス擁護派であるとみなされるという現実的効果をもってしまうのである。
 岩井名誉教授、本件についてはいささか軽率だったのではなかろうか。