2000年12月6日
我々が学校で学んだ日本の歴史について、正反対の二つの方向か
らの修正の動きがあります。
一つの動きは、日本が単一民族国家であることを強調し、日本民族
の優秀性を信じ、アジア・太平洋戦争は侵略戦争であったという理解に
対し、それを東京裁判史観、自虐史観として否定しようとするものです。
もう一つの動きは、
日本各地の文化、伝統の違いに着目し、また広範な商工民、芸能民
などの非定着民の存在を掘り起こし、近世以前の日本を農業国家、稲
作文化の国と一律に捉える考え方に修正を迫り、柳田国男の一国民俗
学でなく、広く極東アジア文化圏という視野で日本文化の複雑性を解い
ていこうとするものです。
前者の立場の人としては、藤岡信勝、西尾幹二、小林よしのり(「ゴー
マニズム宣言」の作者)、後者の立場の人としては、網野善彦、赤坂憲雄
といった名が上げられます。
歴史学という科学の立場からは、後者に軍配が上げられると思います。