2001年5月1日

  前回の「身の丈サイズ人間観について」にぴたり当てはまるテレビ
番組がありました。
  4月25日放映(私はビデオで見たので発見が遅れました。)のNHK教
育「ETV2001・太宰治~死を人質に生きた男」です。説明役は評論家
猪瀬直樹でした。猪瀬は最近、太宰治について「ピカレスク」(悪漢)と
いう本を出しており、番組はおそらくそのストーリーによっていると思わ
れます。

  その番組で猪瀬は、作家というのは作家という仕事の経営者である
という乱暴な設定のもとに、太宰が繰り返した自殺未遂は、太宰という
作家の身過ぎ世過ぎのためのものであり、本気で自殺する気はなかっ
た、著書でそのことを証明した、としているのです。
  ある時は女性と別れるため、ある時は実家からの仕送りを継続させ
るため、そして新たな小説を書くために、自殺を演出したとしているの
です。
  太宰が青森の名家の出で、父親は貴族院議員(衆議院だったかな?
)で両親はほとんど東京暮らし、事実上女中さんに育てられたというよう
な育ちから、やや特殊な性格の持ち主だったことはあるでしょう。
  しかし、猪瀬の太宰把握はひどすぎる。あきれるほかはありません。
猪瀬の人間観あるいは死生観の狭さ、浅さのゆえに、繰り返された自
殺未遂をあたかも作家経営上の策略のごときものとしてしか理解でき
なかったのではないかと思われます。

  「精神的健康優良児」たることを売り物にし、おそらく自分でもそう思
っている猪瀬は、人にとっての死というものをただ単に否定的なものと
してしかとらえられず、人間が持っている死への志向、甘美なものとし
ての死への憧れ、胎内回帰願望としての死といったことが視野にまった
く入っていないに違いありません。

  芥川、三島、そして太宰など、「健康優良児」的観点からは不健康な
作家たちが多くの人を魅了していること、その事実は「健康優良児」た
ちにとって不可解であり、不安であり、不満であり、恐怖であるでしょう。
そのことから逃れたいという需要に応じるために、自分の身の丈サイズ

に作家たちを引きずり下ろすという方法で猪瀬が作ったのが、この番組
であり、猪瀬の著書であると考えられます。

  猪瀬は、太宰を取り上げる前に三島についての評伝も出しています。
三島の評伝はいくつもありますが、猪瀬のものは買わなくてよかった、こ
の番組を見てそう思っています。