2001年7月26日
私事で恐縮ですが、明治末期から昭和にかけて活躍した、自然主義作家
と位置づけられている徳田秋声(1871~1943)に「縮図」という小説があり
ます。
この「縮図」は秋声の実体験をもとに「花柳界」の女、銀子の生きざまを描
いた小説で、昭和16年、東京新聞に連載されていたようですが、時局にふ
さわしくないという理由で内務省情報局から圧力がかかったらしく、未完で終
わっています。
この「縮図」に、銀子が通う髪結のお梅さんというのが、ほんのちょっと登
場するのですが、私の父によれば、このお梅さんというのは私の祖母がモ
デルだというのです。
登場場面は次のとおりです。
「 お神〔芸者置屋の女将。〕は抱え〔置屋においている芸者たち。〕の着物を
作るたびに、自分のも作り、外出するときはお梅さんという玄冶店〔「切られ与
三」「お富さん」で有名なところ。人形町。〕の髪結に番を入れさせ〔予約するこ
と。〕、水々しい大丸髷を結い……」
「 そうした近ごろの銀子の素振りに気づいたのは、芸者の心理を読むのに
敏感な髪結のお梅さんであった。彼女は年も六十に近く、すでに四十年の
余もこの社会の女の髪を手がけ、気質や性格まで呑み込み、顔色で裡に
あるものを嗅ぎつけるのであった。年は取っても腕は狂わず、五人の梳手
を使って、立詰めに髷の根締めに働いていた。客は遠くの花柳界からも来、
歌舞伎役者や新派の女房などもここで顔が合い、堀留あたりの大問屋の
お神などの常連もあるのだった。家は裕福な仕舞うた屋のようで、意気な
格子戸の門に黒塀という構えであった。」