2001年10月29日

「世に生を得るは、事を成すにありと自分は考えている。」
「男の一生というものは………美しさを作るものだ、自分の。そう信
じている。」
「『美ヲ済(な)ス』それが人間が神に迫り得る道である。」

これらの言葉は、それぞれ司馬遼太郎の「竜馬がゆく」の坂本竜馬、
「燃えよ剣」の新選組土方歳三、「峠」の越後長岡藩河合継之助の言
葉です。
NHK教育TVの「人間講座・清張さんと司馬さん」で講師半藤一利が、
それぞれの小説はこれらの言葉を中核として書かれたものであるとし
て紹介したものです。この場合、「美しさ」「美」とは武士道的な潔さとい
ったものを意味しているとのことです。

このように3つ並べられると、つくづく次のような思いにとらわれます。

「 男というものは、『成すべき事』『美』といった抽象的なもののため
に生きたがるものだ。
そして、そのようなものを捉えて、馬車馬のように突っ走りたがる
ものだ。
突っ走りたいという意欲のみが強すぎて、内容の吟味を怠りがち
なものだ。
時代、社会の流れが男の捉えたものに合致するという運に恵まれ
ればよいが、それは偶然でしかない。
時代、社会の流れと合致せずに、その抽象的な支えがはずれた場
合の男 というものは、実に情けない存在に成り下がりやすい。」

運に恵まれなかった男は、それまでの崇高な理念を追求する勇まし
さから、一転して幼児退行現象を示すものです。

そのことを象徴的に作品にしたのが、1950年代の戯曲、J・オズボ
ーンの「怒りを込めて振り返れ(Look Back with Anger)」でした。
この作品は、最近でも映画・演劇で取り上げられているようです。

20世紀後半から現在に引き続く時代を幼児退行文化の時代とする
こともできるでしょう。