2001年12月27日
江戸時代初期の1650年から江戸幕府が倒れる1867年の間
に7度にわたって発生したとされる「おかげまいり」(1867年は性格
に違いがあり「ええじゃないか」といわれる。)は次のような異常な社
会現象であり、それはいったい何であったのかについて諸説がある
ようです。
すなわち、伊勢神宮の御札が天から降ってきたというようなことを
きっかけに、突然伊勢神宮への集団お参りが発生し、それまで平穏
に暮らしていた人々が、家も仕事も放り出して、歌ったり、踊ったりの
熱狂の中で伊勢神宮に向ったのであり、その参加人数は1771年に
は約1ヶ月で200万人、1830年には4ヶ月で500万人といわれてい
ます。(1867年の「ええじゃないか」は伊勢参りという旅のかたちはと
らなかったので、参加人数推定不可能なのだそうです。)
しかも、主人の許可を得ることもなく、妻子、従僕などの立場の人々
が参加し、特に7~8才から14~15才の年少奉公人が多く、旅の準
備もなく、女は男装、男は女装で、卑猥な歌を歌いながらという性的倒
錯も含まれていたようです。
伊勢神宮傘下の地方活動家の陰謀説、ひともうけを企んだ商人陰
謀説、大衆の封建制度に対する無意識の抵抗運動説、あるいは封建
制度からの一時的逃亡説、マス・ヒステリア説などがあり、複合的要素
があるのではないかと思われますが、私は次のようなマス・ヒステリア
が事態の本質ではなかったかと思っています。
ある行動規範のもとで、人間は一定の安定した暮らしを続けていくこ
とができます。その行動規範が突如無効になったとき、人間はいかなる
行動をとっていいのか分からなくなって狂ってしまうのです。
(青春期の危機というのは、家族の一員としての行動規範から社会の
一員としての行動規範への移行期における個人レベルのそのような現
象であると考えられます。)
「おかげまいり」は、農村部を巻き込んではいますが、発生は都市部か
らです。江戸時代に入ってからの経済発展による都市化の進展、それに
よる農村部から都市部への人口移動で、それまで農村における共同体
秩序の中で暮らしていた人々が、ひとりひとりが孤立し、お互いに競争的
に生きていかなければならない都市社会に投げ出されることになりました。
そのことによる行動規範の喪失が「おかげまいり」の集団狂気をもたらせ
たのではないかと思うのです。
(「ええじゃないか」のきっかけは倒幕派の陰謀説が強いのですが、背景
にはやはりこのことがあったと思います。)