2002年5月16日

科学とは、メチャクチャに発生しているように見える様々な現象を貫
く「法則」を見つけ出そうとする営みです。
「法則」を見つけ出すために、次のような手順が踏まれます。

① 観測又は実験によるデータの集積
② 集積されたデータを統一的に説明できる仮説の樹立
③ 仮説から導かれる予測の観測又は実験による実証
④ ③をパスすれば、仮説は「法則」となる
⑤ ③をパスできない場合は、新たな仮説の樹立
⑥ 以下、③④⑤の繰り返し

大胆な例え話をしてみましょう。
「素朴国」という国があったとします。

「素朴国」では観測結果はXY座標で表わすことができました。また、「
素朴国」の人々は、世界の法則は直線方程式で表わすことができると
信じており、直線方程式しか知りませんでした。

さて、観測結果は(3,4)(4,3)でした。
「素朴国」の科学者は、頭を絞って2つの点を通る直線方程式Y=-X
+7を見つけ出し、これこそこの世の法則なりと宣言し、(2,5)という観
測がいずれなされるにちがいないと予言しました。

「素朴国」の科学者たちの努力により、観測技術が発達し、新たな観
測結果を得ることができました。
その結果はなんと、直線方程式を大きく外れる(5,0)(3,-4)でした。

「素朴国」では科学者の大論争が起き、Y座標が0以下の場合は神の
領域であり、科学の対象とはならないという者まで現われました。
そこに登場したのがひとりの天才科学者で、彼(この場合彼女でもいい
はずで、彼とするのはおかしいと感じた人は、フェミニズム的アンテナの
感度がいい人です)は、直線方程式しか考えないのがそもそもいけない、
円方程式X2乗+Y2乗=25で観測結果は説明できる、この世の法則はこ
の円方程式であると発表しました。

彼の発表はあまりにも大胆だったので、一般の受け入れるところとなら
ず、彼は学会から追放されました。
その時の彼の言葉「それでも、まあるく、おさまりまっせ」は、その後積み
重ねられた観測が彼の正しさを証明したため、「素朴国」の歴史に長く書き
留められることになりました、とさ。

さて、科学というものが、このような営みで発展していくのだとすれば、ど
のような場合にこの営みが成立しないのか、このことについて、次回にチャ
レンジしてみたいと思います。