2002年10月4日
明らかになっているだけで(行政によって認められているだけで)死者
1、447人、患者11,171人に及ぶ企業による殺人・傷害事件が発生
した熊本県水俣市を訪問して、何よりもショックを受けたのは、加害者で
あるチッソ水俣工場の姿です。
会社が謝罪し、被害者に対し重い補償義務を負っているとはいえ、小
綺麗な工場の正門を車が頻繁に出入りし、脇の駐輪場には従業員の自
転車が並び、まったく普通の工場として稼動しています。
そして、工場は、東京駅に対する皇居の位置に、すなわち水俣駅の駅
前メイン・ストリートの正面すぐのところに、広大な敷地をもって町に君臨
しています。駅前メイン・ストリートはチッソ水俣工場のための道路といっ
ても過言ではないでしょう。
法律的には一応決着がついているのでしょうが、凶悪犯罪者の邸宅が
町の中に聳え立っていて、そこでは何もなかったように日常的生活が営
まれているという感じです。個人の犯罪だったのであれば、絶対にありえ
ないことです。
多くの人々(その中には外国人も含まれています。)の献身により明ら
かにされた水俣病の悲惨を前にすれば……その象徴は無垢な表情の
胎児性水俣病の子どもを抱く母親の写真ですが……このような状態に
対して心の整理をすることも、法律的決着などは分からぬ町の子どもた
ちに説明することも、容易であるとは思えません。
チッソ水俣工場を日々目の前にしている水俣市民の悲惨は、侵略され、
征服され、同化された植民地住民の悲惨と同じではないか!