2006年7月20日
大西巨人著「神聖喜劇」全5巻(光文社。筑摩文庫にもあり。)をこのほど読み終えました。(最近、漫画化されて幻冬社から出版されています。)
物語は太平洋戦争時の対馬要塞重砲兵連隊を舞台とし、部落差別問題を背景とするある事件を中心に展開します。特別な時期、場所の話ではありますが、作者はこの小説によって日本人論を意図していると思われます。
大巨編ですので全般的な感想を述べるような筆力はありません。断片的に印象的だったことを報告します。
1 よく知られているように帝国陸海軍は内部においていじめ、暴力の横行する野蛮な組織でした。しかし、あくまでも国家によって設立された公的組織であり、その組織の管理、統制のための成文化された膨大なルールを有する大官僚組織でした。軍の各種規定を頻繁に引用し、かつそれをめぐる議論を展開することによって、本書は日本軍のこの繁文縟礼(規則・礼法などのこまごましくわずらわしいこと)的性格を強く指摘しています。
2 悲しいことですが、軽度の知的障害というものが大いなる滑稽を呼び起こすものであることは否定しがたい事実であり、作者は軍隊内教育を茶化すための手段として、ためらうことなくこのことを利用しています。
例えば、次のような会話。
――― 日本は、今、どこと戦争しとるか。
――― ‥‥‥
――― 返事をしないか。なんぼなんでも、それぐらい、わかっとるは
ずだ。うん?
――― はい。その、‥‥米英であります。
――― ふむ。「米英」を、もっとわかりやすう言え。
――― ‥‥‥
――― なんでだまっとる?‥‥よし、そんなら、「米」は、どこのこ
とか。
――― ‥‥‥
――― あ、わかったであります。班長殿。敵は、米英のほかに、支那
と、それからアメリカであります。
――― ふっ、長生きするよ、お前は。‥‥最前お前は、イギリスのこ
とも言うたじゃないか。
――― はい?「イギリス」?‥‥あぁ、それで揃いました。米英と支
那とアメリカとイギリス、その4つの国が、日本の敵であります。
私も読みながら何度か噴き出すのをこらえきれませんでした。
3 太平洋戦争に関する天皇の戦争責任については現在においても議論されているところですが、法的には、すなわち大日本帝国憲法の上では、その第3条「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」によって、神聖不可侵の天皇が何ごとかについて責任を有するなどということはありえないということが本書に指摘されています。「神聖ニシテ侵スベカラズ」とは何か抽象的な宣言のように思っていましたが、すべての責任を負わないという実質的な法的効果を持つものであったのです。