2007年12月1日

 

 文芸評論家加藤周一氏はその著「日本文化における時間と空間」において、日本文化の特徴が「いま、ここ」の尊重にあることを主張しています。すなわち、日本文化が、過去の起源を重視し、「いま、ここ」の意味、価値はその起源によって説明されるという考え方ではないこと、また逆に未来の目標、到達点から中間経過点たる「いま、ここ」の意味、価値を説明する考え方でもないこと、過去にも未来にも依存せずに「いま、ここ」が「いま、ここ」であることに意味、価値があると考え、そこに疑問も不安も持たないという考え方が日本文化の特徴であると言っています。温帯モンスーン地帯の「いま、ここ」の状態の自然の豊かさ、穏やかさ、自足的状態がこのような思想を呼ぶことになっているのかもしれません。

 さて、加藤周一氏はこの「いま、ここ」主義の一例として次のように書いています。

「『古今和歌集』の歌人の多くは、梅の香どころか、恋人その人よりも、恋人を思う当人の心的状態、すなわち彼らのいわゆる「もの思ひ」を、少なくとも歌の素材としては、珍重していたようにみえる。恋人に「会ふ」のは未来であり、「もの思ひ」は現在である。」

 ところで欧米文化に属するヘレン・メリルの歌に「falling in love 

with love」という歌があり、「恋に恋して」と訳されています。すなわち、具体的個人を愛しているというより、だれかを愛している自分の状態を愛しているということでしょう。

 「もの思ひ」を珍重するという心的傾向、すなわち「恋に恋する」という心的傾向は、日本文化の「いま、ここ主義」を持ち出さなくても広く人間一般にある傾向のように思えます。