2008年2月5日
「宇宙」があります。空間を表わす「宇宙」に時間を加えれば「時空」ということになります。この「時空」の中に「人間」が存在しています。「人間」は「時空」の何たるかを知らずにはいられず、「時空」を考察する「人間の知的営み」が生まれます。この営みは、ある時は「科学」(数学もそのうちの一つ)と呼ばれ、ある時は「宗教」と呼ばれます。これら「時空」、「人間」、「人間の知的営み」という3つの関係を、一般大衆にもふんわりと感じ取れるエンターテイメントというかたちで提供してくれたもの、これが小川洋子氏の小説「博士の愛した数式」でした。
寺尾聡主演で映画化されていますから、それで御存知の方もおられるでしょう。(原作に比して映画の評判はよくないようです。)
文学は、科学、宗教といった知的営みの仲間ですが、読者を相手にするエンターテイメントです。したがって、科学、宗教がエンターテイメントではないがゆえに一般人に対して無頓着に用いる抽象的概念(数学がその最たるもの)を文学はストレートに取り扱うことはせず、具体性(具体的場所、具体的時間、具体的人物など)の裏にそれらを隠して、姿がはっきり見えぬように作品を作ってきました。そういう観点からすると、「博士の愛した数式」という小説は、病により記憶持続時間がたった80分という数学者の設定によって、「時空」「人間」「知的営み」という抽象的概念の相互関係をエンターテイメントたっぷりで扱った挑戦的小説といえるでしょう。
「博士の愛した数式」の読後、「時空」「人間」「時空を考察する知的営み」に対する考え方が変わる読者も多くいるのではないかと思われます。