です。今日血液検査したところホルモン値が正常に戻ったということで、薬全部中止になりました

D22に予約。
卵ちゃんを迎えに行くのは来月になります。

ではでは、大学に入る時の話。
私とうさぎさんが出会いカジュアルな交際から真剣なものへと変わった時、ここにいる自分自身の理由が必要だと考えました。
『彼氏がいるからここにいる。』
人によって違うと思いますが、私の中にこの選択はありません。
結婚しているのとは訳が違うので。
当時私の周りには日本で看護師をしていた方が多く、皆さん大学のコンバージョンコース(一年のリフレッシュコースみたいなもの)に行く準備をしていました。
日本で働いていた時も看護に興味があったものの、本職すらまだ経験が浅くて実際行動には移してなかった。
いいチャンスかも
と思い大学に看護と本職の両方のコースについて確認したところ
と思い大学に看護と本職の両方のコースについて確認したところ看護は2年、本職の学科は4年と言われたため看護に決定
お金ないから~
お金ないから~
入るのにIELTS という英語のテストが必要です。
他の大学や専門学校が6.0を要求する中で、一つの大学が5.5で大学準備3カ月ブリッジングコースをオファーしてました。
英語苦手、そして友達たちもこのコースを受けて大学に入っているのでこちらに決めました。

ブリッジングコースは四教科:
☆アカデミックライティング☆
エッセイを書く(IELTS のwriting に近い)、個人論文を一つ仕上げる。
プレゼン二つ。
☆ノートテイキング☆
先生が読んだ記事をノートに書き取り、それを見て設問に答える。
☆クリティカル シンキング☆
記事を読み、これが信憑性があるか•なぜ有益かなどをエッセイに書く。
☆グループリサーチ☆
グループでお題についてアンケートをとりそれをもとに論文1本。
今思っても、このコースが一番キツかったです
チェックも細かい
チェックも細かい
看護学部は当時全てが60%とれれば大学に行けました。
私は他の日本人が得意なアカデミックライティングが苦手で、ギリギリでしたがコースはパス


クラスにはたくさんの中国人。
ちらほらインドネシア人、インド人、タイ人などなど。日本人は私だけ。
まず中国人とインドネシア人から言われたのが、
「日本人は第二次世界対戦でうちらに何したか知ってる?」
です。
オーストラリアでは当時日本と戦っていた国出身者が断然多い。よくある質問。
しょうがないので
「知ってるけど、私が謝ったところで満足するかい?するならあやまるよ。」
とお答えしておきました。
まず日本人と他国の人々の教育が違う。
冗談で、実験台になった、というのに「MARUTA(丸太)になった」
と言われてびっくり

殆どの私世代の日本人は731部隊(学校じゃ習いません)と結びつかないと思う。
私のグループリサーチの看護学部希望メンバーはインド人の同い年の男性(元医者)と年配のタイの女性(元看護師)。
この先ずっとこのインド人に苦労することになります

このインド人V君、年中武勇伝を語る

よく真剣に言ってたのが、「俺は半殺しにしたことがあるんだ」みたいな

ナイフで刺した、棒で殴った、など。
自慢になっとらんし

その割には実は腕にためらい傷がいっぱいあるデリケート君です。
頭はキレる。
ずる賢いし、上手いこと逃げる。
勉強系は私と息が何故かぴったりでスパスパ進めたけど、ついてこれないタイ人をけなしまくり泣かせる

先生には明ら様なゴマを擦る。
先生自体が嫌がってたけど数こなすと先生もその気になるという凄技…

私は初めの頃からgive and takeに徹していたのが後々救いになりました~

優しいところもある

英語が苦手な私を助けてくれようとするのですが…。
いらない
っていうのに筆記試験中に「俺の答え写せ‼︎」と腕を突き答案用紙を押し付けてくるのでむしろ目立ってV君先生に注意されてるし
っていうのに筆記試験中に「俺の答え写せ‼︎」と腕を突き答案用紙を押し付けてくるのでむしろ目立ってV君先生に注意されてるし
おかげでこのV君と大学入学決定
