※この記事の前半は私の体験を、後半はその経験で気づいた「自分を取り戻す仕組み」を解説としてまとめています
評価のピントがぼやけてると
気づいてから、
少しずつ、相手の言葉の
受け取り方を変えてみることにした。
でも最初は、居心地が悪かった。
悪いことをしている
感覚ではないけど慣れない。
利き手じゃない手で
字を書くような、
ぎこちなさがあった。
長い間ずっとそうしてきたから、
体がまだ慣れてなくて変な感じがした。
気づいたのは、言葉がきっかけだった。
物事をひとつの角度からしか見ていない言葉。
自分と相手が、違う価値観だったりを持つ人間だと
いう前提がどこか抜け落ちている言葉。
そういう言葉に触れたとき、ふと思った。
このレンズは、私を映せていないと。
人からの評価は、
その人の見える範囲でしか作られない。
それは私の問題じゃなくて、
そのレンズの問題だ。
あなたにも、話すたびに
どこかがズレる感覚を
覚える人がいないだろうか。
逆に、不思議と
肩の力が抜ける人もいる。
色んな角度から物事を見られる人、
人との境界線を自然に保てる人。
そういう人といるとき、
私は評価を気にしなくていいというより、
評価の外側で話せる感じがする。
自分のままでいられるって、
こういうことかと思った。
それを決めてから、
少しずつ、あのぎこちなさにも慣れてきた。
相手のレンズの問題を自分の問題にしないだけで、心が軽くなった。
【自分を取り戻す仕組み】
私たちが他人の言葉で傷つくとき、心の中では「相手の言うことは正しい」という前提で、その言葉をそのまま受け取ってしまうときがあります。
人からの評価というものは、実はあなた自身を映し出しているのではなく、相手が持っているレンズの性能を映し出しているものです。
• 歪んだレンズを持つ言葉
• 歪んだレンズを持つ言葉
自分の価値観だけで決めつける、境界線がない。これは、相手の視野の狭さから生まれたズレであり、あなたの責任ではありません。
長年、相手のレンズに合わせて自分を変えようとしてきた人にとって、その言葉を受け取るのをやめることは、最初はぎこちなく感じるかもしれません。
それは、心が冷たくなったからではなく、今まで使っていなかった自分を守るための力を使い始めた証です。
「この言葉は、私の問題か、それとも相手のレンズの問題か」
そうやって、飛んできた言葉を心に入れる前に少しだけ仕分けをしてみてください。相手のレンズの不具合を、あなたが引き受ける必要はありません。
その仕分けが習慣になったとき、あなたは誰の評価にも振り回されない、あなただけの「クリアな視界」を少しずつ取り戻していけます。