私は、月に1~2回病気にかかっていた。

『自我中毒』子供がストレスを感じている時にかかる病気らしい。

毎回、母は病院の先生に怒られていたのをよく覚えている。


この病気の時は、ご飯を食べても全て嘔吐してしまう。

吐くものがなくなれば、胃液を吐く。

熱は、38~39度程度でる。

病院では、点滴を2本するのが決まりだった。

でも、夜は母は仕事に出かけなければならない。


父は、いつものように母を送ってしばらく帰って来ない。

私の病気にもすっかり慣れていた。


枕元に黒の大きなゴミ袋を置いて、『気持悪くなったここに吐け』

それと、ティッシュを置いてどこかに出かけて行ってしまう。


私は、夜中に目を覚ます度にゴミ袋に向かって吐いていた。

今でも、よく覚えている。
母は、毎晩スナックで働いていた。

昼間は、土木関係の事務所で事務員として働いていた。

その後、母は保育園に通う私を迎えに来てくれた。


父は運送会社で働いていた。
家に帰って来て、母をスナックまで父が送って行くのが日課だった。

父は、母を送り届けた後に必ず寄る場所があった。
私は、大嫌いな場所だった。


『1時間だけでいいから』頼み込むようにして、毎晩パチンコに通っていた。

私は、たばこが大嫌いだった。
隣に座らされ、ジュースを買って私の機嫌を少しでもよくしようとしていたのかな?


私は、きっちり1時間経つのを待った。
時間になり『時間になったから帰ろう』

渋々、父は店を出る。


こんな生活が子供ながらに、疑問を感じていた。
子供の頃、父は風呂に入れてくれていた。

母は、夜仕事に出ているので父が担当することが多かった。


ある日、シャンプーが目に入って『痛い!』
叫んだ瞬間、『うるさい』と言われ殴られた。

この日がきっかけで、父とお風呂に入るのが嫌になった。


どうして殴られたのか?
当時の私には、全く理解が出来なかった。