拝啓 皆が温かくなり始めたと言うけれど、籠りがちなのでその恩恵が全く分からない季節。


突然だが、貴君は鳥肌が立つという経験はした事があるか?
夏の冷房が効き過ぎて鳥肌症候群が発症したという針の穴を通すような理論は無しだぞ。

この質問においての鳥肌が立つは、圧倒、驚愕、未知との遭遇、と言ったとんでもない体験をした時に起こる現象の事だ。

幼少の頃は知らない事、経験していない事が多かったり、感受性が敏感に敏感なので鳥肌が立つという現象は起こりやすいだろう。子供にとって出会う物の多くが未知だからだ。今はその頃と比べると驚きや新鮮味というものはどんどん薄れていっているし、敏感だった部分は水々しく薄味になり敏感でなくてもいい部分が、知覚過敏な程 刺激的になっている。何という有様であるか。どうか帰って来いあの頃の洗練された私よ。この醜い皮から脱皮させてくれ。一体どうして、、、、。



おっと、話がまたまた内向的になり出した。どうも話始めると自虐思考に走りがちだ。失敬、失敬。


冒頭の話に戻ろう。先程の長ったらしい自虐文の内容も踏まえて言いたい事は、歳を重ねると鳥肌が立つような経験を味わう機会は少なく感受性は薄れるが、それでも貴君は最近鳥肌が立つような経験はあっただろうか、という事だ。

私はあった。しかも2時間ほど前に。ここまで無感情屋かと疑いたくなる程の瑞々しさが抜けた文章を繰り広げて来たにもかかわらずだ。まあ、長い、喧しい、臭いなどと言わずまだ付き合ってくれ給え。


それは映画だ。2014年に公開された「野火」。

なんだ、映画かい、、そんなんで鳥肌が立ったなど、と一笑に付す貴君の顔が浮かぶが侮るなかれ。

この映画 戦争映画なのだが感動が一切ない。喜びも無い。期待も無い。希望もない。未来も無い。
プラス要素ゼロ映画なのだ。
あるのは絶望、無常、無情、虚無、、、などと言葉で表すのもおこがましいシーンが終わりまで続く。


舞台設定は第二次世界大戦末期のフィリピン、レイテ島。日本軍の敗戦がほぼ決まりかけている状況。そんな中を、ただ死に生きる兵士達を描く。

主人公の田村一等兵は肺病を患い上司に足手まとい認定され、野戦病院行きを命じられる。しかし、軍医に肺如きで患者面するなと、一蹴され上司の元に戻るが殴られまた病院へ、2度目の厄介払いお払い箱で戻るがまたもや上司に殴られる、、、。とここでもう目を逸らしたいシーンが続く。


その後何処にも行くあてのなくなった田村は森林を彷徨う。そこでパロンポンという地への撤退命令が出ており、国へ帰れるかもしれぬという情報を掴む。
パロンポンへ向かう為の丘があり、そこを夜間他の日本兵達と共に匍匐で突破しようとするが、敵に見つかり多くの日本兵が惨殺される。


ここでのシーンが特に顕著だったが、人が死ぬという文言は新聞やニュースなどでよく見かける。そう、文字の上では知っているのだ。その言葉でしか知らぬ現象が正にリアルに描写されている。(戦争に行った事の無い人間がリアルに、などと表現する事自体おこがましいしいが。それ程迄に観る人に迫る。)
顔の皮がめくれ血が止まらない、腹から臓器の流出が止まらない、ある兵士の脳の中身が飛び出しそれを踏んづけて行き逃げる兵士。凄惨という言葉すら似つかわしく無い、言葉を当てはめるのが罪な程のシーンが目の前に描かれる。


そこを生き残った人達はもう、生きているのか死んでいるのかも分からない。尊厳なんて言葉は泥にでも混ぜて喰べてしまったかのようだ。食糧と尊厳が無ければ人は何にでも縋る。そんな事を何処かで聞いた事がある。
正に何にでも縋った。人を食べるのだ。死体を食う。人を猿と呼び肉を食らう。生きる為、何にでも縋る。その場にいる彼等からすれば当たり前なのかもしれない。観客でしかない私はせめて目を逸らさずにいた。そもそもこうした地点にいる私が彼等に何か言うという事自体 罪なのかもしれない。それを言ったらお終い、ただの思考の堂々巡りなのかもしれないが贖罪を背負わされた気分になる程の強烈さがそこにはあった。






まあ、こんな感じである。人に説明するのが究極に下手糞な為、恐らく何が言いたいのか分からない、煩雑しすぎた文章になってしまったかと思う。一応、これが私の精一杯なのだ。しかしそれで貴方が顔をしかめても見ない振りで進めて行く。私は紳士だからだ。



何とか私の駄文を読み切り、何となく理解してくれた貴君は恐らくこれの何処が鳥肌立つの??、と疑問符を浮かべるだろう。(私の文章力の低さがそれを加速させているだろう。しつこいか、後ろ向きな予防線を張りたいだけなのである。)約90分の長さなので疑問を解消したいと思ったのなら、ハードルを上げに上げて観てくれ給え。それに耐えられ得る作品だ。、、、やはり少しは低くしてくれ。高くし過ぎて作品を正当に評価出来なくさせてしまうのは心苦しいし、何より貴君の時間を無駄にしてしまうのは忍びない。何よりもこの文章が無駄だろうが、、。




無駄話が過ぎた。とかく楽しい映画ではないが良い、凄まじい作品なので観て欲しいという事だ。
ただの映画のススメである。

ここまでの駄文具合に付き合って頂けて感謝感激雨あられである。また書きます。



敬具 辛抱強く凛とした貴方へ


遠回りなご都合主義者