ユン・サンヒョン、その男のスーツケース
【朝鮮日報】ユン・サンヒョン、その男のスーツケース
スイスの青い野原と真っ青な湖の前で彼はスターではなかった。
演技をする必要も、歌を歌う必要もなかった。
ただ‘ユン・サンヒョン’だけで操作されればよかった。
ひっそりと自分に戻った時間の中で、彼はもう少し自由な話を始めた。
この人は率直だというより透明なほどだ。
俳優ユンサンヒョンが、スイス政府観光庁から"スイスフレンズ"に任命された。
スイス政府観光庁CEOユオグ・シュミット氏は、
"自然を愛する健全な俳優ユン・サンヒョンが、スイスの環境のやさしいイメージとよく合う。
アジアの俳優や歌手として大きな注目を集めているのも非常に印象的で、
忙しい芸能活動をしながら自然をいつも近くにしようとする情熱も感銘深かった"と、
選定理由を明らかにした。
長い間の無名の時間を経てトップスター席に上がった彼が今まで大きな物議をせずに
きれいなきれいなイメージを守ってきたので可能なことだった。
去る6月20日、ルフトハンザドイツ航空便で出国、28日までにラボ、ツェルマット、ルツェルン、
ベルン、ユングフラウなどのスイスの環境に親環境地域を旅行して帰ってきたユン・サンヒョンが
絵のように美しいラブレターを女性朝鮮に送ってきた。
満たすために離れなければならない男
●作品が終る時ごとに一人旅を楽しむと聞いた。
キャラクターに没頭してみたらドラマが終われば必ず体の一部分が落ちていったように何となく寂しい。
その空白を満たすために、むやみに旅行に出発する。
以前には車を乗り回して風景が良いところにテントを張って寝た。
この頃は山の近くのゲストハウスや、安物のモーテルを宿舎に取っておいて朝早く山に登る。
おじいさんおばあさんが運営する場合が多いから知られる場合は殆どない。
それが気楽でおもしろい。
夜にはチキンにビールを飲んで夜間登山をする楽しさがかなり良いです(笑)。
今回の画報撮影のためスイスに滞在しているこの時間も私には休暇に違わない。
●スイス観光広報大使で活動することになった所感はどうなのか?
去る4月に一人でスイス旅行してきた後でスイスに対する関心が多くなった。
そのような折り、広報大使の提案が入ってきて快く受諾した。
登山、釣りをあまりにも好きなのにそのような活動的で健康的なイメージは、スイスとよく似合いそうだと言っていたよ。
もちろんハンサムな顔も一役買った。(笑)
このように美しい国の広報大使を引き受けることになって本当にうれしい。
私が直接見て感じたスイスの魅力を広く知ってもらいたい。
そうだ、スイス旅行中に犬に一枚教えを受けることもした。
どんな突拍子もないような話かって?
ミューレンで水治療療法のクナイプを体験しようと裸足で氷河が溶けた水の中を歩いたことがある。
どんなに冷たいのか足を入れるやいなや悲鳴をあげたがその時本当に、
嘘のようにスイス山岳救助牽引セントバーナードが現れた。
いやところが、その野郎がおかしいかのように冷たい氷河の水にドボンと身を投げるではないか。
その時の表情が、まるで"クナイプはこのようにするのよ、この友人よ"ということだった。
少し自尊心が傷つけられた。(笑)
貴公子、財閥2世?
海千山千みな体験した丈夫な男
昔の話をちょっとしてみよう。
●三十二歳の遅い年齢でデビューしたが、その前には何をしたか?
尽くした(笑)良くないこと困難である大変な事ごとにすべてを試みた。
広告会社の従業員から、食堂、服商売でも、安全装置の一つなく、アパートの外壁にペンキを塗ることもした。
特に女子大前でチャーハンのお店をした時が思い出される。
直接料理をしたので明らかにまずかったはずなのに女子大生がものすごくたくさん食べにきた。
収入がかなり儲かったのはおそらく、(笑)顔のおかげがちょっとあったようだ。
東大門(トンデムン)で生地を受けて直接服を作って売ることもした。
その時は商売していることが本当に楽しかった。
私の最大長所である親しさを存分に発揮できたためだと思う。
私は本当に人と会うことが好きだ。
芸能人をしなかったとすれば相変らず商売をしただろう?
セールスをする時もお金はかなり儲けたので、これぐらいならば手腕が良いとするのではないだろうか?(笑)
●見た目はぴったり財閥2世だが、苦労したようだ。
実は家の状態があまり良くなかった。
子供の頃一日が遠いし、手作りのすいとんやうどんを食べて
今も小麦粉の食べ物はあまり好きではない。
だが、両親があまりにも楽天的な方々であったため生きながら不幸だと感じたことはない。
環境のせいにするよりは自ら切り開いていくのを楽しんだ。
振り返ってみると私は本当に熱心に生きる青春だった。(笑)
財閥2世の役を受けたりしたが、贅沢な環境がまだちょっと見慣れない。
<シークレット ガーデン>の撮影の時とても豪勢な自宅で仕事をしたが、
この家の暖房費はいくらかかるだろうか?
電気料金はどれくらい出るだろうか?
このように広い家では何をして過ごさなければならないだろうか?
という考えが先にしたよ。(笑)
●歌手志望生であったのに、どのように演技者になったのか?
本当に歌手になりたかった。もちろん歌もかなりした。(笑)
シン・ソンウ兄の‘序詩’が私の18番なのにソンウ兄の前で歌ったらにっこり笑ったよ。
私の実力を認めるという意だった。
とにかく歌手になるためにオーディションを見て歩いたが変に普段より歌を歌えないジンクスがあった。
そうするうちにインターネット カフェに私が歌った歌のファイルを上げたが、
偶然にその歌を聞いて所属会社関係者がキャスティング提案をして、
本格的に芸能界活動を準備することになった。
余裕のない暮らしに三十にもなった年齢が心配だったが、チャンスがきたという考えで
心がいっぱいになった。
●しかし演技者になった。
そうなのだ。 所属会社では歌手をするという私に度々演技をさせた。
正直その時はちょっと不適当だった。
よっぽどでなければ契約終わるやいなやまた商売もしなければならないと考えた。
デビューするやいなやSBSドラマ<百万長者と結婚すること>の主役を演じたが
演技に対する愛着がないからすべての演技がみな大変で恐ろしかった。
フランス現地撮影時は私一人NGを30回程度出したせいで苦労した。
フランスはわけもなく行ったようであって。
完全初歩と笑うことのできない失敗もたくさんしたがリハーサルの時
俳優ハン・サンジンさんの頬を本当に殴ることもした。
その時スタッフがこう言ったよ。
‘あの子なぜああする?’(笑)悪口という悪口も言われた。
さらに悪いことにいじめもあった。
三十二才遅れた年齢にデビューしてみるとスタッフ達の中に私を嫌う方々も多かったよ。
だが、両親がたくさん調子が悪かったために私は金を儲けなければならなかった。
その時演技を見れば今でも恥ずかしくて最悪の境遇だが、考えてみると本当に感謝している時間だ。
その時期がなかったら今の俳優ユン・サンヒョンもないのではないか。
●それではいつから演技の味を分かったか?
MBCドラマ<冬鳥>を撮影してからだ。
特に私のお母さんで出演されたパク・ウォンスク先生のおかげが大きい。
私が何度もNGを出すと、快適に軽く叩いてくださって
‘台本関係は関係せず、シーンを把握して心より演技しなさい’と助言してくれた。
私はその時から自然に涙の演技をすることができる。
当時、外に出て行けばおばさんたちの後ろ指をたくさん受けたが、
ア~私の演技を見て、人々が私を本当にマザコンキャラで見てくれるんだなと思えた。
それを契機に演技を真剣に受け入れることになった。
大まかだけれど演技が何か知ることになるとおもしろく作業することができた。
確かにデビュー前に私はあれこれ色々なことを経験したのが作品に影響を与える。
通常3ヶ月程度は台本とキャラクターの把握に没頭しながら、作品全体における自分の役割を描いてみる。
生活演技者で韓流スターになった。
●人気を実感するか?
韓流スターという言葉がちょっと負担になるが、確かに日本や香港のファンができた。
香港ファンたちが<シークレット ガーデン>を見て私を調べてみてくれたのが本当に不思議だったが、
行く先々でサイン攻撃と写真撮影要請を受けてびっくりした。
英国に住む日本のファンの1人はドイツまで飛行機に乗って、
直接プレゼントを私に渡しに来てくれることもあった。
また申し上げるが私は本当にイメージで食べて生きると考えてみたこともないし、
大スターや韓流スターを夢見てみたこともない。
大衆と共に泣いて笑うそのような安らかな演技者になるのが念願だ。
生活演技者になるといったのはそのためだ。
歌手になりたくて始めたことだったし、演技は考えてみたこともなかったが
いつのまにか演技を楽しむことになった。こういうのが人生かと思う。
●ユン・サンヒョンのフィルモグラフィーで<内助の女王> ‘テボン’を取り除くことにはならないようだ。
ハハまだテボンか? <内助の女王>は事実突然に投入された作品なので、
最初は台本リーディングもよくできず、出演比重もそんなに高くなかった。
パク・シニャンさんやヒョンビンさんと同じ演技をする派だと言うのに
私が見るに尊く育ったが若干分別がないキャラクターが似合いそうだった。
そこで、私の方式で、彼の姿を表現した。それを良く見てくれたんで...。
(後日、彼は財閥2世のキャラクターの新たな枠組みを作ったと評価された。)
ああ、そういえば私はおばさんファンが多い。
テボンの時もそうだったし、<シークレット ガーデン>もそうだった。
野外撮影に行くとおばさんたちが車で通り過ぎ去るときに"オスカ~"と呼んでいたよ。
ドラマではイ・スンチョルの‘ネバーエンディング ストーリー’を歌って
本当に大きい人気を得た。
●ところでキム・ナムジュさんのために熱唱をしたといううわさは何か?
ナムジュ姉の誕生日を知らずにいた。
後に‘お姉さんプレゼント何がほしいか?’
尋ねたところ歌を歌ってくれといったよ。
それで<内助の女王>打ち上げ時にリクエストされた曲を2・30曲程度歌った。
その日の打ち上げは明け方5時まで続いた。
演技者だけでなく歌手の夢まで叶えた。
●日本で人気が本当に爆発的だといって?
この前日本で三番目シングル アルバム<サマーアイズ(Summer Eyes)>を出した。
発売記念イベントを開いたりしたが、2000人もの日本ファンたちが訪ねてきてくれた。
本当に感慨無量だった。
初めての舞台を思い出してみると頭が戸惑うほど緊張をたくさんした。
韓国では演技をして外国で歌手でデビューする気持ちは想像以上で震えることだった。
今はちょっと慣れて舞台を楽しむことができる。
4年越しでガールフレンドと初めてのキスをした男
●一番気になったことを尋ねる。 ガールフレンドはいるか?
いない。
私の願いが叶った次に考えてみる問題だ。
私は自分の女を苦労させるつもりはない。
●恋愛する時はどんなスタイルか?
ものすごい純情派だ。
この女あの女に会うのは苦手だ。
ただ1人の女性だけ眺める。
私は、元彼女と初めてのキスを4年ごしにしたとすれば信じられるか。
そうだから新人の時、キム・ヒョンジュさんとキスシーンを正しくすることができたのか。
顔も見つめられなかった。
<シークレット ガーデン>時もキスシーンがあったが、なぜか相手役のキム・サランさんが
私が震えているのを全部感じたようだ。
●結婚に対する考えが気になる。
仕事がさらにおもしろいがそれでも結婚はするつもりだ。
およそ2,3年以内ではないだろうか?
結婚すればスイスに新婚旅行に来なければならない。
夕焼けになるルツェルン湖、ロマンチックなカペルギョと美しい白鳥等を見ると
こういう良いところは必ず愛する人ときたいという気がする。
最近になって子供たちがかわいくて仕方がない。
結婚したいという考えが自然に出る程かわいい。
今回のスイス旅行でもかわいい赤ちゃんらにたくさん会ったが先に近付いて笑って挨拶しそうだった。
かわいい娘を持ったら良いだろう。
●家族の話をしてほしい。
両親は本当に肯定的な方々だ。私はその影響を受けて性格が明るい。
経済的な状態はあまり良くなかったが愛が多い家だった。
そうだ、お父さんはのど自慢大会に出演したお母さんの姿に惚れて結婚されたという。
おもしろいのではないか。
1男2女中二番目で私は姉と妹がいる。
二人共平凡な主婦なので、これまであまり話をしなかった。
皆私より先に家庭を作って元気に暮らしている。
大きい甥がもう中学生だが、前回スイス旅行の時プレゼントを買ってあげたのにあまり好まなかったよ。
どうしてもお小遣をより好むようだ。
●すぐに新しい作品に入ると聞いた。
初めて映画に出演することになった。
アクション スリラーだが、監督様とミーティングをして、シナリオを分析している。
多分、俳優ユン・サンヒョンの風変わりな姿を見ることになるだろう。
初めての映画だけにとてもときめく。
早く忙しく撮影したいと思う。
欲心みたいでは熱心にして男新人賞まで睨んでみたいです(笑)
(インタビューを終えてからいくらも経たないうちに、新しい便りが聞こえてきた。
ユン・サンヒョンが8月末放映を控えているMBC新しい水・木ミニシリーズ
<負けては生きてられない>(仮題)に男主人公でキャスティングされたこと。
彼は相手俳優チェ・ジウとともに、弁護士夫婦の離婚過程で発生するエピソードを
はつらつと見せる予定だ。)
●余暇時間には主にどんな活動をするか?
登山や釣り、絵を描くなど一人ですることが好きだ。
色々な考え等ができて良い。
人々の中で、私は確かにおもしろくて愉快な人だ。
先に話しかけて雰囲気を作り出すほうだ。
だが、一人だけの時間を楽しむ方法も知っている男だ。
●是非挑戦してみたい分野があるか?
今回の旅行をしながらヘリコプター操縦士資格証を取ってみたくなった。
二番目にヘリコプターを乗ってみたが、スリルあふれる爽快な経験だった。
機会があれば是非挑戦したいと思う。
もうひとつ、旅行写真をよく撮りたいという気がした。
私の気持ちと感情を写真で表わすことができるなんて、本当にすばらしいのではないか?
何より演技にもとても役に立つようだ。
取材:チャン・ヘジョン写真スイス政府観光庁提供撮影
協力:スイス政府観光庁www.MySwitzerland.com、ルフトハンザドイツ航空lufthansa.com(c)
めっさかっこいいこと言ってますねインタビュー
。『私は自分の女を苦労させるつもりはない。』
だって。
よっ!!男前!!
しかも、この記事本当に、素敵なインタビューです
。『笑門来福』からも感じることですが、
サンヒョンssiが普段から山に登って、
自分の心や考えの整理をされているからか、
自分をすごく客観的にみておられる気がします。
そして、
この記事を読んで、
すぐ思い出したのが、
このLaLaユン・サンヒョン来日SPの第一弾のこのインタビュー部分です。
LaLaさんで再放送がありましたが、
ファンに成り立ての時に、この動画をユーチューブで発見して、
なんて、腰の低い、欲のない人なんだろう…。
と思って、どんどん好きになっていったのを思い出しました
。この頃、色んな動画がユーチューブにあがっていて、
すごく楽しかったのを思い出します
。おかげで、サンヒョンssiのことを沢山知ることができました
。サンヒョンssiは、有名になった今も、
このインタビュー記事でも言っているように、
2年前の日本でこんなに人気が出る前のサンヒョンssiとなんら変わっていないのだなあ。
と、思いました。
『ユン様~』とか、たぶん『OSKA様~』と、
崇め奉られる感じではなくて、
常に、私達の近くにいようとしてくださる、
ファン想いの気さくでやさしい素敵な笑顔のサンヒョンssiなんですよね
。若干、勘違いして、すごく近く感じてしまいそうになるので
、『芸能人だから。』
と自分に言い聞かせないといけない位に、
親しみやすい、とぉ~~っても人間らしい人だと思います
。私は、できるだけ、生のサンヒョンssiに会えるなら会いたいのです
。(誰でもそうだと思いますけど…
。)なぜかというと、生で会うと余計に人柄の良さを感じることができるから。
映像や、画像とはまた違ったサンヒョンssiの魅力と空気を感じるような気がするのです。
本当に、とぉ~~~っても、見ている側を幸せにしてくださいます。
と、書いていたら、めっちゃ会いたくなってきました
。しまった。
ドラえもぉ~ん!!
どこでもドア~~!!
とにかく、このインタビュー記事は、リアルサンヒョンssiを
知ることが出来るとってもいいインタビュー記事でした
。因みに、サンヒョンssiが最後に言っている、
ご自分で撮られた写真で、サンヒョンssiの気持ちと感情をつづるっていうの
すごく、ものすごぉ~~くいいと思います!!

最高だと思います
。特に、ファンにとっては、すごく嬉しいものになると思います。
サンヒョンssiがどんなときに、どんな風におもって居られたのか。
そんなことを知ることができたら、
一緒に旅をしているような気持ちになれると思うから。
是非、実現していただきたいです
。そしてこれ、韓国では、雑誌に載ってるようですね
。どんな雑誌なんだろう…
。手に入れられるなら、
COSMOPOLITANのように手に入れたいなあ
。


