お医者さんだって全知全能の神様じゃない。
先見の明がある人でさえ幸せになるのがいかに大変なことか。
わからないことよりも、わかってしまう方が案外怖いことかもしれない。
見えないよりも見えてしまうことのほうが怖いのかもしれない。
つらく険しい道のりに明かりが見えないとしても、進むことを時が止まることを許さない。
不可逆的に進んでいくうえで、時間軸からは誰も逃げられない。
タイムトラベルなんてできはしないのだ。
大多数の人類は、地に足つけて歩いていくしかない。
進む速度が違うのは、能力や適性の差だとは思うのですが、
私のような凡人は、自分なりに歯を食いしばっていくしかない。
でも、楽しめないのは、つまらないじゃないか。
つらいことばかりでは人は先に明かりを見出せなければ、生きていくことがつらくなってしまう。
だから、楽しみながら生きていくしかない。
明かりは自分で見出せなければ意味がないのだ。
誰かから与えられた幸せの中に浸っているのは子供のうちだけ。
大人になったら、自分で見つけるしかないんだ。
甘えたい人も、自分で見つけるしかない。
なんでも自己判断なんだ。
だから、愛を与える人になりたい。
きっと、ばぁばみたいに素敵なおばあちゃんになれるかは分からないけれど、そこまで生きられるかもわからないけれど、死ぬ瞬間まで生き抜くしかないんだ。
死んだらどうなるとか考えると怖くもなるけれど、でも、生まれる前に戻るだけだと思えば割り切れる。
天国にはママも待っているのだから、怖くない。私が死んでも私の家族がいれば私は死んだりしない
一家滅亡とか、人類滅亡とかなったら分からないけれど、悲観ばかりしていられない。前を向くしかないんだ。信じる者も自由だけど、幸せになりたいなら、自分のことには自分で責任を持つでないと、人のせいにばかりしてしまうから。今、幸せを感じられないのなら、生き方を変えてみるのもいい。何かに頼ってもいい、でも、自分で責任をもって生きていかなければならない。
がっちり構えるんじゃなくて、フラットに生きていきたい。そうやって年を重ねて、いや、もっとシンプルにじぃじやばぁばはいきているのかもしれない。