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my own pace

再開しました、というのも見た映画や音楽を忘れたくないから。
あくまでも自分の感想です。

母のあれこれをブログに残すのはどうかと思い、いちどやめたけど、

ここまでの経緯は残しておきたく記します

 

母は今年グループホームに入所しました

 

ケアマネさんからグループホームの紹介を受け、

入所するまでわずか1か月半ほどのスピード入所でした

 

発端は年末の介護認定調査のあと、ケアマネさんから

「来年度の計画書を作りたいから、長女(私のこと)さんの希望などが

あったら教えてくださいね」という連絡から

(母は要介護1から2になり、認知症もかなり進んでいた)

 

このころの私は朝5時に起床して、自宅のことこまごまやってから6時に母のところに

出向き朝食の準備と着替え、薬、昼の作り置き、その日の予定の確認などを猛スピードでこなし

6時半のバスで出勤

 

夕方6時に帰宅してそのまま母の夕飯の支度、いったん自宅に戻り

自宅で夕食の準備、入浴、また母のところに行き、母の寝る準備…

母を寝るだけの状態にしてから自宅に戻りやっと私の夕食

この繰り返しが土日も関係なく続いていて、もう疲労困憊

 

秋ぐらいからは話を理解できない母に暴言や手を挙げそうになり

背中を突き飛ばしたい衝動にかられたり…

自分を抑えるのがしんどくなってきて、周りに当たり散らして…

 

しかもデイサービスの送迎を待ちきれなかった母は

冬空の中、杖も持たずに外に出て(いわゆる徘徊)

近所の病院で保護されたという出来事も…

 

そんなときにケアマネさんの「来年の計画」に

 

え、また1年こんな生活が続くの?

 

思わず

「私は母の犠牲になって過ごさなきゃならないんですか」

「私の生活や家族がひどいことになってるのに我慢しなきゃいけないんですか」

「叩きたくなる自分が怖い」等々

ケアマネさんが悪くもないのに吐き出してしまった

 

ケアマネさんはびっくりすることもなく

一度持ち帰りますねと冷静に終了…

 

来年もこのままか…まあ自分の母だし仕方ないよなと思う事数日、

メールで「施設とか考えましょうか」と自宅介護ではない計画案を

送ってきてくれた

さらに数日後、「私の事務所に来られますか?」と呼び出しを受けた

あの時の愚痴が虐待案件みたくなってるのかなと不安を胸に抱きながら

事務所を訪ねると

「お母さんに適したグループホームに空きが出来て、どうかなと思って」

という内容だった

 

まだ家に母がいるからケアマネさんは訪ねてきてもグループホームの話なんて、

できないし、それで呼び出しての話だったんだとその時理解

 

「(施設の入所と空きの)タイミングがある」

※施設は見つからないイメージがあるが、地区と人生のタイミングだとのこと

 なるほど…

「今の状態は一人にしておけない、ホームの生活は安心」

「二人(母と私)とも限界が来てからでは遅い」

「二人(母と私)がまだ動けるうちに行動に移そう」

とグループホームを強く勧めてくれた

 

「え、早すぎないですか、展開」と驚く私に

ケアマネさんは

「もう、長女(私)さん限界です」

「心が壊れる前にプロにまかせよう」

「介護で仕事を辞めることはない」

「介護で自分を犠牲にすることはない」

「自分の人生は自分のために使う」

「罪悪感は持たなくていい」

話を聞きながら大泣きする私に

励ましてくれるケアマネさんも泣いてた

 

私はケアマネさんをあまり信用していなかったとこがある

介護の世界を知らない私の完全な色眼鏡で

「何も知らない老人を食い物にする輩」的な…

 

でもそうじゃなかった

高齢者一人一人の特性や家庭環境を把握して

その人にあった支援制度を申請や家族へのアドバイスなど

報酬以上のことをしていると思う

好きなだけじゃやっていけない仕事だろう

 

私は介護に関しては幸せ者だと思う

行政のおかげもあり、早くにバトンタッチできたから

もちろん家族や会社、友人にも理解してもらえたことも大きい

まだまだ終わったわけではないし、これが次の段階の入り口なのだろうけど

今は母を憎むこともないし、喜ぶ顔が見たいから次の面会には何をお土産にしようか

プラスの思考しかない

 

入所顛末記はまだ続く