性悪おばさんの独り言 ~浅田真央の事が好き過ぎて困る 編~
「見ている人に感動を与えるプレイをしたい」
私はこう言うアスリートが嫌いだ。
アスリートは競技者であって役者ではない。
「感動を与える」ってなんだ!?
どんだけ上から目線なんだよ。。
「感動してもらえるようなプレイ」なら100歩譲ってよしとしよう。
感動させようとして何かをするのは役者の仕事。
しかもそれを目標にしちゃうっていうのは三文役者。
「この●●を見て勇気をもらった」
「この●●を見てパワーをもらった」
私はこんな事を平気で言う輩も嫌いだ。
なんて恥ずかしい事を・・・と他人事ながら思ってしまう。
彼女は、「見ている人に感動を与えたい」なんていう低次元な事は
考えてもいなかっただろう。
ただただ、自分を信じて4分の長くて短い孤独の時間を闘ったんだろうと思う。
感動は与えられるものではなくて、見ている人が感じるものなのだ。
そして、頑張る姿にパワーをもらった。
国中の期待を背負う宿命の19歳の少女、想像を絶するプレッシャーだったんだろうなぁ。
キム・ヨナもそう。
ホッとして泣いちゃう姿はやっぱり19歳の少女。
韓国での彼女に対する期待は、真央ちゃんの比ではないかも知れない。
お国柄とか…ね。
得点の計算が…とか、真央ちゃんの方が…とか、人はいろいろ言うけれど、
きっとまた、真央ちゃんは頑張るんだろうなぁ。
ジャッジメント、特に加点の定義に疑問符をつける報道もあるけれど、
キム・ヨナの戦略は完璧だったと思う。
特に選曲。
007とガーシュイン、「魅せる」要素が大きいフィギュアスケートにおいて、
観客を味方につけるのはやはり重要なのだと改めて実感した。
一方真央ちゃんはといえば、ハチャトゥリアンとラフマリノフ。
覚悟や決意が感じられるし、フリーの最後のステップワークは鬼気迫る演技…
…とは言え、北米大陸で理解されにくいですよ、この重々しさ。
文化が違うもの。。
いやいやっ、でもいいの!
真央ちゃん可愛いんだから。
今日の号泣会見も、表彰式での無理やりな笑顔も、
きっと力に変えられるんですよ、彼女なら。
真央ちゃんを自分の娘のように錯覚している日本中のほとんどの人と同じく、
これからも真央ちゃんを応援します。





