
この目でした。
映像でみた 4匹目の龍の目。
まさかホントに同じ目になるとは
言葉になりません。
映像で赤い目、青い目、金色の目だけが光って次々に出てきた。
その後にこの目が出てきた。
そしてギュロギュロ動いてた。
どんな顔が見られるのか楽しみで
頑張ってここまで作った。
そしてこの目と再会した。
どうやればこうなるとか何もわからない。
常に行き当たりばったり
それでも、今回の4匹目は手を動せば、なるべき形になると思った。
たから早くその顔が見たかった。
面白い。
多分、私の人生は面白いんだと思う。
何事も、遠めで見れば面白い。
近ければ、何事も苦痛。
昼間、『 その事に悩んでいるが、もしその事ではなく その事とあの事が入れ替わったとしても、やはりあなたにあの事に悩む。』
と浮かんだ。
どの道、あなたは何がそこにあったとしても悩む。
それに気づかねば死ぬまで悩み続ける。
それは1つまた1つと蓄積して自分の中をそれらでいっぱいにする。
それらの塊に自分自身をそんなものにしてしまう。
そうなったことに自分自身は気づいていない。
そんなものは、いろんな事を仕出かす。
だが自分自身は、それも自分自身がしたことだと認める。
それを正当化するために他を曲げてようとする。
いきるためには仕方がないのかもしれないが
恥ずかしくはないか?。
恥ずかしいだろ。
見るべきものは他にあり動かすものは他にある。
そう、あなたのすぐ近く
そう、あなた自身だ。
真っ直ぐな線を描きたければ、あなた自身が真っ直ぐでなければ描けない。
真っ直ぐだと思わせるために他の線を曲げてはいけないのだよ。
だが、みながそれをしていたら、その方法も王道になる。
それは邪道だと気づかない、気付いても気づかぬ振りをする。
和の中に居るのには、必要な事かもしれないが
その結果はどこかで出る。
自らが出したものは自らに返る。
自分がそれらを作り出している。
そういう世界を作り出している。
自らが作り出した世界に自らが住んでいるのだ。
疑うことを知らない者の世界には 疑うという事は存在しない。











