時 | 【 楓 】

【 楓 】

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毋は70にして 「あぁ、1日が終わっちゃう。」と、つぶやいた

私は、50前で、「あぁ、やっと1日が終わった。」と、毎日思う。

コレは何だろう・・?

対照的な言葉?

だが、もしかしたら同じ意味?

時間に対しての、今日1日に対しての畏敬の念?

そこには、純粋さしかなかったのか?


身体が痛くて 歩けもしない 何も出来ない母が

今日1日が去っていってしまう

先を生きられる時間がまた一つ減ってしまったことへの思いだと思った。

だから、疑問が生じた。

それに対して私は、早く人生か終わるために今日1日が減ったことに安堵した。

すべてが矛盾

なにかしっくりこなかった。


だが、もしかしたら

2人とも 今の自分の状況とは無関係に

時とゆうものに対しての思いだったのかもしれない。

表現方法か違っただけ。

長年の矛盾に納得がいった気がする。


時とゆうものは時よりこんなにすばらしい贈り物をくれる。

それが知るとゆうことだよ。

それが、気付くとゆうことだよ。

何かに追われていては気付けもしない

後ろばかりを見ているからね。

何かを追ってばがりでは気付けもしない。

1点しか見ていないからネ。

時とは優しいものだよ。

時と向き合ってごらん

時と共に居てごらん。

時の優しさとめぐりあえる。

あなたが静寂であれば、時は寄り添う。

いや、寄り添っている事に気付く

時はすべてを持っていると知る。

今、あなたが必要としているものを与えてくれる

静寂であれば、今、自分にはそれが必要なのだと気付くだろう。

すべては優しいのだよ。

それらを受け取らないのはあなただ。