今、ここ・・・・。
禅宗の言葉にそんなのがあった気がする。
今、それを感じているのだと思う。
私なりの 今、ここ の世界観
生きてゆく上で、前に前にと足を進めようとするが
そうしなければならないが
真に見なければならないのは今であって
此処であって
その他にはなにもない
今、ここがあってこその前であり(未来)後(過去)である。
今、此処にあるすべてのものは必ずなくなる。
疎ましいと思っていたことさえ無になる。
無になれば疎ましい思いは、悲しみ寂しさと変化し我がみを傷つける。
痛い、どうしょうもなく痛い。
ならば、最初から疎ましいとゆう思いを無にして愛で埋めてしまえば
悲しみ寂しさと変化してしまうこともない。
すべてが無に帰って行く様を愛で埋め尽くして見送ればいい。
この我が身さえも_・・・。
すべては無に帰って行くのだから。
そして無は有を生む。
世のことわりの中‘・・・。
有から無に帰り
無は有に帰る。
我が身が一番輝けるのは今、ここ この今の時であり
最も多くを携えているのも今この一瞬である。
人は、一瞬一瞬を積み重ねて人生を作り上げている。
今、ここ 。一瞬があることを愛しみ
我が手を見て、その手をあわせる事が出来
相手を見て、そこに居てくれる事に頭を下げ
今ここを知る事が出来
明日への一歩の準備も出来る。
明日への一歩のために自分が居るのではなく
自分がいるから明日の一歩がある。
当たり前だが、みな勘違いをしている。
それでは生きづらいにきまっている。
物事が逆さまになっている。
今、ここにあるすべては儚いものだ
だからこそ大切に慈しみを持って今、ここにある一瞬を愛さなければもったいない。