誰かが 『君はトイレに入ってくると便座に座り天井を見上げてこう言った…』
私 「どうか、わ、た、し、に……」
私はしばらくの時間をおいて浮かんでくる言葉を待った…
私 「力をください!」と力強く言った…
目の前の映像が動いてる。
肩に鎧のようなものをかけられる…
同時に様々なことが浮かぶ。
いつもフィフティーフィフティー。50:50…
半分半分。
「自分は誰なんだ?」と苦しんでいるが全てが自分であるということ…。そのぶん人生も楽しい!
一つも枠を持たず様々な角度から物事を見聞きし
様々な事をこなし
様々な色を好み
何事にもとらわれた考えを持たない。
誰か 『逢いたいときは来てくれ……いつでもどこでも…』
誰か 『いつでも終わりの時であり、いつでも始まりの時である。』
アナタはヒトの痛みに耐えかねている
自分の無力さに耐えかねている。
無力さゆえにヒトの痛みから目をそらしている自分を攻めている。
楽しいこと(光)ばかりを見ようとする自分に嫌気がさしている。
それでも光を捨ててはいけない。
笑顔を忘れてはいけない。
そこが皆の幸せの始まり地点。
いつでも終わりの時であり、いつでも始まりの時である。
終わりでなく始めようと思ったときに笑顔がこぼれる…勇気と言う武器を手に。
『優しさは弱さである……と同時に強さでもある。』
弱さを超えて強い自分であれば勇気とゆう剣を持ち信頼とゆう鎧を着て挑むことが出来る。
そんな姿を見て人々が盾となってくれる
それに対する感謝の思いが鎧を強靭なものにし剣をいっそう鍛える。
