あまりよく眠れなかったけど、無事朝を迎えることが出来た。
相変わらず出血はしているが、だいぶ落ち着いている。
気力を振り絞り、朝御飯を作る。
旦那はさすがに気まずそうにしていて、「昨日は大丈夫やったん?」と聞いてきた。
「多分ほぼ出きっているけど、今日クリニックに行ってくる。息子は母親に見てもらうから」と淡々と伝えた。
旦那、男は急に休めないが口ぐせやもんな。
多分仕事を休んで息子の面倒を見ずに済んでホッとしてるだろうな。
我ながら意地悪な見方やけど。
旦那と入れ替わるように母親が来てくれたので、息子を託してクリニックへ。
受付の方が「昨日お電話いただきましたよね?中待ち合いでお待ちくださいね」と、声をかけてくれた。
待ち合い室は妊婦さん含め患者さんがたくさんいる。
静かに一人で待てるよう、中待ち合いの一番奥のソファに通してくれた。
この配慮はすごくありがたかった。
泣き腫らした目ややつれきった表情であまり人前に行きたくなかったので本当に助かった。
あと予約して来た患者さんも多かったはずなのに、すぐ名前を呼んでもらえたのもありがたかった。
ただ、いつも診てくれていた院長先生が担当ではなかった。
日曜日は臨時の先生が来ているのかな。
「昨日のこと聞きました。大変やったね。」
優しく言いながら診察してくれる先生。
子宮内はほぼきれいになっていて、手術は必要ないらしい。
ジップロックに入った排出された組織を渡して、念の為に不育症の検査をお願いした。
「今は体調も悪いやろうし、気持ちも落ち込んでいると思うから無理しないで。早く次の子を考えたいかもやけど、最低一回生理を見送ってね。今はお母さんの体調が一番大事やから」
辛い経験をした後だからこそ、優しい心配りに深く感謝した。
受付の方も先生も、以前通っていた近所のクリニックとは全然違う対応で驚いた。
ここは妊婦さんだけでなく、流産した人に対しても思いやりを感じる。
ここまで違うものなんだな。
お礼を行って薬をもらい、クリニックを後にした。
あの時と同じ青い小さな錠剤とロキソニン。
バルタン星人みたいな名前の薬。
あれを飲むと足の付け根が痛くなるので、あまり飲みたくはないけど。
11月のその日は快晴で、心地よい気候だった。
でもどこか空気が冷たく、秋の終わりを感じる日だった。
心拍停止を告げられてから10日、流産確定から一週間ほど。
悲しい気持ちと、それでも前に進まなければいけないという気持ちが混在していた。
とりあえず、終わったんだな。
この10日間は時間の感覚がいつもと違っていたし、世界が変わったようにも感じられた。
流産自体はありふれた話なのかもしれないけど、誰かに助けを求めたり、不安を打ち明けたり、普段より家事育児仕事をセーブしたり。
そういうことが出来ないって、ほんまにキツかった。
今でもよくやってたな、と思う。
タイムマシンがあったら、当時の自分を助けに行ってあげたい。
仕事を手放したくない、息子の世話をしてくれる人がいない、旦那は私が不調だと不機嫌になる、近所に頼れる人がいない。
プレッシャーと孤独感。
ただ必死だった。