誰かにこどもを預けずに、
ひとりで、
お昼前に遠くへ買い物に行けるなんて、
しかも生地屋さんだなんて。
なんて自由なんだ。
なんてシアワセなんだ、私。
って、思いながら車を走らせて、
大きな音で聴くべきじゃない星野源を
窓を開けてとても大きな音でかけて。
そうしているうちに。
源さんの歌声をきいているうちに。
涙が止まらなくなって。
それはその日の朝、
ともだちのお父さんが亡くなったと
連絡が入ったから。
ともだちのお父さんには、
私は会ったことはないけど、
お元気なはずだった。
突然のことで、連絡をもらったときには、
言葉もなかったけど。
ともだちのことを思うとやるせなくて。
そして当たり前にそこにいる、
自分の父親が亡くなったとしたらと思うと
またやるせなくなり。
でも私には、今、
開放的で自由な時間を持ててシアワセだと
思う日常があって。
でもそれは、生かしてもらえてるから、
そう感じられることであるのだと。
いろいろな気持ちが入り混じって、
もう整理がつかなくなって、
涙が溢れてきたという感じでした。
大塚屋に着いたときには少し落ち着いて、
人も沢山いるしと思い、普通にできましたが、
源さんの歌がかかる帰りの車ではまた涙が。
うちに着くまで涙が止まりませんでした。
こうやって、
身近な方が亡くなるということがあると、
家族と今、生きていることについてとか、
私はどう生きていったらいいのかとか、
考えさせられます。
そして、
日々の生活を、
いつ途切れるかわからない日常を、
大事にしないといけないと思いました。
子どもたちに毎日ちゃんと、
君たちはたからものだってこと伝えよう。
sukeさんに、
父に、母に、ありがとうを伝えよう。
そんなことを思いました。
最後に源さんの《日常》という歌を少し。
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神様は知らない 僕たちの中の
痛みや笑みが あるから
そこから
日々は動き 今が生まれる
未知の日常 進む進む
夜を越えて 朝が生まれる
暗い部屋にも 光る何か
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お葬式に参列してきました。
心から、ご冥福をお祈りいたします。