①夢枕獏編著『鬼譚』(1991天山出版→1993立風書房→2014.9.10・ちくま文庫)


②井上章一『京都ぎらい』(2015.9.30・朝日新書)


③田辺聖子『田辺聖子の恋する文学一葉、晶子、芙美子』(2015.9.1・新潮文庫)

①夢枕獏『陰陽師平成講釈安倍晴明伝』(1998.4、中央公論社→2015.6.10、文春文庫)


②島田裕巳『なぜ日本人は戒名をつけるのか』(『増補新版戒名なぜ死後に名前を変えるのか』2005.11、法蔵館→2015.1.10、ちくま文庫)


簡易な舞台の上で、
漫才を披露していた。

肝心な客は
流れて行った。

あからさまに不本意であるという表情を浮かべながら、
やり過ごそうとしていた。



冒頭の場面である。


実際はもっと一文が長い。

しかし、その文の主要部分を拾うと、
この小説の気分が分かるような気がした。


語り手「僕」の自意識と、
それに無関心な周囲と、
いつまでも、そしてこれからも、それが変わらないことへの焦りが、
何度も何度も語られている。




「師匠」と呼ぶ先輩は、
いつしか僕の敬愛する範疇を逸脱していく。

弱さへ苛立つ場面が増えていく。
何度か鋭いやりとりもある。

その先輩の彼女のような同居人も、
いつしか先輩のまた僕の理解の範疇を超えていく。
優しいような女性達も、
何も許しているわけではない。


しかし、
そうであるにも関わらず(?)、


「笑い」のためオカシクなっている先輩を許し、
子どもの手を引いて微笑む真樹さんを許していく、
「僕」の感覚を信頼したくなるのだ。