ザックリ落語の歩み400年ー5ー | 桂米團治ファンブログ

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落語とオペラのあれこれを勝手に紹介

なんとか、昭和までやってきましたあせる

まずは、終戦まで。

 
速水 御舟 「名樹散椿図」昭和4年

 

すこし遡りますが
大正12年の関東大震災から
      下矢印
     世界恐慌
      下矢印
     満州事変   
      下矢印 
    太平洋戦争
      下矢印
  昭和20年の終戦までを
 
「落語 暗黒時代」落ち込み
 
と、勝手によんでおります。
 
 
関東大震災によって、東京の寄席は
大半が壊滅する甚大な被害を受けガーン
 
台頭してきた、映画の影響と カチンコ
昭和初期の不景気でびっくり

噺家さんたちの廃業や転向が相次ぎ

 
太平洋戦争前後になると
警察による取り締まりやら警察官

「禁演落語」

制定された落語は

浅草本法寺に建立された

「咄塚」に葬られお寺

 
戦中になると
強制疎開で寄席も減少し
興業も中断されgakuri*ガーン

 

震災後に復活した寄席も
空襲によって、
またしても消滅し消える
関西も同様に、寄席は全焼メラメラ
そんな中での終戦です。
 
戦争が終わり
「落語界の再出発ゴー!!」 と、
 
キラキラ戦後の黄金期キラキラ
 
を迎えようとした矢先
 
五代目笑福亭松鶴さんをはじめ
上方落語界の重鎮が

次々に亡くなったり天使☆

 

三代目 三遊亭歌笑さんが
アメリカ軍のジープに轢かれ
亡くなるなど
 
「落語界史上最悪の時代」ですね。
 
芸術・芸能をはじめ
いろんな試みが出来るのも
平和だからこそですね。
「落語の歩み」を振り返り
痛感いたしました。
 
か~なり、引っ張ってしまいましたが、
そろそろ、フィニッシュに近づきました。
次回は、「キラキラ戦後の落語黄金期キラキラ

 

*「ザックリ落語の歩み400年ー4ー」

 少し、手直ししました。

 

 

 

余談ですが、

前回のブログに登場した

三遊亭圓朝さん。

 

息子が、

 

「この人、超有名人よね。

 だれでも知っとるよ~。

 ”コウカイ先に立たずの人でしょピンク音符”」

 

と、かなり得意気に断言しましたが

 

息子よ、残念すぎますgakuri*

 

それは、「圓朝さんNG」ではなく

「円楽さんOK」ですガーンあせる

 

数ある武勇伝

また一つ、作りました笑い泣き