節分 | あんとみ的 ことば ころころ たまむすび

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ことほぎのほかいびと(祝言人)あんとみのブログです。
どうぞよろしくおねがいします。

立春の前日。
季節を分ける日で節分。

旧暦の元日と立春は
どちらも新しい年の始まり。

ということは、
旧暦の大晦日と
立春の前日は
年越しの日なのね。

昔は季節の変わり目に
邪気(鬼)が入ると
考えられていたことから
豆をまいて邪気を祓う行事が
定着したそうです。

節分の豆は「魔目」
その豆を鬼の目に投げつけて
鬼を滅する「魔滅」になって
邪気を追い払って
一年の無病息災を願う…

そのうえ
今年もマメに暮らしましょう〜〜

なんとまぁ
めっちゃ語呂合わせ…(ಡωಡ) ニヤニヤ

こんな日本人、大好き〜〜〜((o(´∀`)o))


狂言ではお正月やこの時期
「福の神」という番組を出します。

あらすじは…

大晦日(おおみそか)の夜、男(シテ)は福天(ふくでん)へ年籠(としごも)りしようと、友人を誘って出かける。神前に着いた2人が、富貴を祈願して「福は内へ、鬼は外へ」と囃(はや)しながら豆を打っているところに、福の神(福の神の面を着用)が笑いながら登場。神は神酒(みき)を所望し、2人に幸せになる方法を教えてやろうと、早起き、慈悲、人づきあい、夫婦愛、そしてなによりも神にうまい酒を捧(ささ)げることを説き謡い、ふたたび朗らかに笑って留める。中世庶民の現実的な人生の幸せを求める心のよりどころであった「福神(ふくじん)信仰」を反映した作品。笑いのもつ祝言性が、もっとも素直に、かつ効果的に機能を発揮して、狂言の笑いの本質を示唆している。[油谷光雄]


コトバンクより引用させていただきましたm(_ _)m



四世茂山千作先生の福の神は

面を付けなくても

そのまんま福の神でした〜!( ˙꒳​˙ )ウン!!