
広島城の本丸の中に広島大本営跡が残っています。
広島大本営の建物は原子爆弾により焼失してしまいましたが、礎石だけは今も残っています。
広島大本営が造られたのは日清戦争の時で、約一年間だけ大本営として機能しました。
その時に明治天皇が広島に来られて、実質的に首都としての機能はあったかどうかは分かりませんが
その当時は軍都としての機能が廣島にはあって、日清戦争の指示がここから出されていたようです。
そういった意味では廣島は首都だったといえますね。
今はあまり言う人はいなくなりましたが、広島のちょっとした自慢です。
