このブログは、ReasonableVeganというビーガンメディアのこちらの記事を翻訳したものです。

 

 

 

 

Better Never To Have Been: 

デビッド・べネター インタビュー 

 

Rebecca Fox · Sunday 17th of April 2016

 

 

注意:この記事で述べられている意見のいくつかは非常に議論を醸すものです。ベネター教授の主張を取り巻く分析哲学のいくつかを探究する r / philosophyや、r / vegansubreddits(他の場所でも)には、有意で活発な、多くの場合において理性的な議論があります。この記事は、アンチナタリズムを推奨するものではなく、むしろ、多くのビーガンによって受け止められている意見や、ビーガニズムと本質的に関連すると考えている一部の人々に向けた、批判的紹介であることを意図したものです。

 

 

 

ビーガンのコミュニティ内では、子供を持つことは良いアイデアなのかどうかという会話は多くされています。既定の人間の立場は、言うまでもなく、出産は奨励されるか、少なくとも受け入れられるというものです。私たちの多くは、生命を生み出す決断の結果として存在しており、出産を制限しようとする政府の政策は厳しい批判に直面しています。反対に、ほぼすべての国は有給の父親産休を提供し、健康が理由ではない場合における中絶を認めているのは少数の国に限られています[2]。 

 

哲学において、出生に賛成の立場はナタリズム(あるいは時々プロナタリズム)と呼ばれ、生殖への道徳的な反対は、当然ながら、アンチナタリズムと呼ばれています[3]。現代におけるアンチナタリストたちは、多くの現代のビーガンたちのように、苦しみの問題に焦点を当てる傾向にあります。単純に言えば、すべての子供は、存在すれば必然的に苦しみますが、存在しなければ苦しむことはありません。つまり出産は苦しみをもたらすということです。一部のビーガンアンチナタリストたちは、十分な金銭的動機がなければ、農家は産業による動物虐待のために、動物を繁殖させないだろうということで、動物産業へ加担することを拒否する行為を、アンチナタリズムの一つの形態として見ています。

 

 

 「多くの人間の生活は工場で飼育される動物の生活ほど悪くはありませんが、それでも誰もが相当の害を被るでしょう。それを防ぐ唯一の方法が、彼らを出産しないことなのです。」 

 

 

アンチナタリズムには長い歴史があります。ソクラテスは、「生きるということは、長い間、病を患うということだ。」と述べたと言われています。哲学者アルトゥル・ショーペンハウアーは、19世紀にそのアイデアを発展させ、哲学者でコメディアンのピーター・ヴェッセル・ザプフェは、次の世紀に引継ぎました[5]。最近になり、テレビ番組「True Detective」のキャラクターRustin Cohleは、明らかにアンチナタリスト(厭世的な)の傾向があり、コメディアンのDoug Stanhopeは子供を持たない人への支払いを提案し(6)、ユーチューバーの、フリーリー・ザ・バナナガールは彼女自身のアンチナタリズムの見解を紹介しました。 

 

今までで最も包括的なアンチナタリズムの議論は、2006年に出版された「Better Never To Have Been」の哲学者、デビッド・べネター[7]によって紹介されました。彼の本は、出産を取り巻く道徳的な問題に関する、私の過去の意見の多くを再考させましたし、一読することを強く推薦します。ベネターがビーガンであることは偶然ではありませんが、私とこのコミュニティが非常に知りたいと思っている質問のいくつかを彼に尋ねる機会を得られることを、大変光栄に思っています。

 

 

 

 

RVGN:アンチナタリストたちはしばしば、子供を持つことは賭け事のようだと説明します。「Better Never to Have Been」の本の中では、あなたは、人が存在している状態と、存在しない状態を比較することによって、出産の様々な潜在的な結果について議論していますね。

 

 

図 1 : 潜在的な状況の比較

 

 

あなたはなぜ、人々が出産を選んだら、彼らの子供たちには否定的な結果が見込まれると思うのでしょうか?

 

DB私の見解は、否定的な結果が単に見込まれるというだけでなく、否定的な結果は保証されるということです。私が使うアナロジーは、銃のすべての薬室に生命の弾丸が入っている、出産のロシアンルーレットです。この主張の根拠は、利益と損害との間にある、重要な非対称性です。その不在を享受する者がいなくても、害を被らないことは良いことです。しかし、利益の欠如は、その利益を奪われる人がいる場合にのみ、悪くなります。この結果、生まれることは生まれないことに比べて利点がなく、それに対し、生まれないことは生まれることよりも利点があります。したがって、生に何らかの損失がある限り、存在することは純粋な害なのです。

 

 

 

RVGN:ここ数年、合意の問題は人権に関心のある私たちにとって重要なものとなっています。一般的には、潜在的に有害な行為は、関係者全員の明確な合意がなければ行われるべきではないと私たちは考えています。ビーガンの支持者たちは、人間以外の動物たちは、我々が日頃から彼らに加えるどのような危害に対しても同意できないことを指摘しています。人間以外の動物と同様に、存在しない人々は存在することに同意する能力を持ちませんが、私たちは依然として、新たな人をこの世界に連れて来るという決定を下すことは、一度彼らがそうする能力を得れば回顧的に同意するだろうということがそれなりに確信できるために、許容範囲であると考えています。

 

なぜこの仮定が合意の問題を解決できないと思われますか?

 

DB:生まれてきた殆どの人が回顧的に彼らの存在に同意するだろうという仮定は、恐らく正しいと思われます。しかし、それは子供たちを生み出すことを正当化するものではありません。これは部分的に言えば、殆どの人々が生まれたことは好ましいと考えることには理由があり、それは「適応的な好ましさ」であるためです。不幸な状況に対処するために人々に生じる好みです。害を与えることによって被害者に同意をさせるようになる場合には、非常に注意する必要があります。例えば、もし誰かがロボトミー化されることにより、ロボトミーを支持するようになった場合、私たちはその遡及的な同意がその行いを正当化するとは考えないでしょうし、考えるべきではありません。

 

 

 

RVGN:あなたは、すべての意識的な存在は、彼らが生きている間のある時点で、苦しみを経験するという明白な事実に基づいて、「存在することは常に害である」という議論を進めます。あなたの本では、存在することによる毎日の苦しみに加えて、多くの人々が慢性的な病気に苦しんでいることや、これらの否定的な経験は、私たちが経験する中立的、もしくは楽しい状態をどのように上回るかということを指摘しています。私自身の人生の一例を挙げると、私の慢性(幸いにも軽度ですが)の腰痛は、私に楽しい経験よりも多くのネガティブな経験を与えていることがわかります。しかし、そうは言っても、私の腰痛に対して、私の 「慢性的な幸福」(または満足感)全般を比較するなら、私の腰痛は大きなことではないと思っています。

 

あなたは、慢性の幸福を経験するには十分なほど幸運な私たちの満足感よりも、苦しみの方が重要なものであると主張しますか?

 

DB:私は、悪いことは、最も幸せな人生の中の良いことでさえも上回ると思うのです。これが奇妙に思えるのは、(殆どの)人間が、悪いことを軽く見る心理的な特性を持っているからであり、彼らの人生の全体の中では、悪いことよりも良いことの方が多いと思っているのです。これらの特性の中でも最も顕著なものは楽観主義の偏見ですが、他にもあります。

 

 

 

RVGN:あなたの本では、楽観主義による偏見を示す、いくつかの研究を引用しています。極度の不幸や苦しみを経験する人でさえ、彼らの人生に関して楽観視する傾向があります。この快楽の適応は、進化的には明らかに好都合です。私たちの中でも、苦しみが耐え難いものであると感じた者たちは、我々の遺伝子を伝えるのに十分な長さを生きる可能性は低いでしょう。あなたは、人間の、彼らの生活の質に対する評価がどれほど不正確であるか、私たちに注意を促します。しかし、この誤った判断は、出産の議論として使用することはできませんか?つまり、もし将来生まれて来るかも知れない人々が、彼らが幸せであると信じるようになるのであれば、より多くの幸せそうな命を生み出してもいいのではないでしょうか?

 

DB:まず、将来生まれるかも知れない全ての人々がポジティブな見通しを持つというのは正しくありません。そこには、人生は困難であると感じる人たちがたくさんいます。次に、誤った判断をすることは、そうでない場合に比べて、人生をより悪くすることはないかも知れませんが、その人生の質は、誤って評価されたものほど良いものであるということを意味しません。人生は人が思うよりも悪いものである可能性は依然としてあります。適応的な選好に関する懸念もここに当てはまります。

 

 

 

RVGN:人生の喜びは苦しみを上回っていると誰かが主張する時、多くのアンチナタリストたちは彼らに楽観主義のバイアスを思い起こさせ、彼ら自身の幸福の評価が間違っているかも知れないということを示唆するかも知れません。これは、苦しみは喜びを上回るというその主張を、事実上、反証可能性のないものにするため、疑わしく思います。

 

アンチナタリストの「苦しみは喜びを上回る」という理論を、満足のいくように反証する方法はありますか?

 

DB:人生の質を過大評価することにつながるような楽観主義のバイアスや、他の心理的特徴に注目することは、議論における第一歩に過ぎません。私たちは、そこから、人生の善悪に関する多くの事実を指摘することができるのです。ここでは、悲観的な結論を支持する、いくつかの重要な経験に基づく非対称性を認識するべきです。例えば、最も強い快楽は束の間のものですが、痛みはそれよりもずっと長く持続します。最悪の痛みの悪さは、最高の快楽の良さよりも強烈なのです。怪我は即座に負いますが、回復は遅いものです。これらはほんの数例に過ぎません。これらのすべての主張は、事実に照らし合わせて見極めることができます。それらは反証可能性のないものではないのです。

 

 

 

RVGN:一部のアンチナタリズムの反対派は、アンチナタリストが、うつ病に苦しむ人々によく見られるような、悲観的なバイアスに陥っていると非難します。苦しみと幸せの相対的な量についてのあなたの評価が、外界からの測定可能な証拠ではなく、あなた自身の心の状態によって影響を受けているのだと言う人々には、どのように答えますか?

 

DB:私はうつ病ではありません。私には悲観的な見解がありますが、私が主張することは、証拠が保証するものです。ですから、私は、アンチナタリズムの反対者に、証拠を公平に考慮するようにお願いするのです。私はここでは手引をしているだけですが、あなたの読者は、「Better Never To Have Been」だけでなく、「Debation Procreation」(David Wassermanとこの問題を議論しています。)でさらに充実した説明を見ることができます。

 

 

 

RVGN:アンチナタリストたちに向けられる、もう一つの一般的な質問は、もし存在することがそれほどひどいのなら、なぜあなたはあなたの人生を終わらせないのか?というものです。論理的に一貫性を持つためには、アンチナタリストは自殺を肯定する必要がありますか?

 

DB:いいえ、アンチナタリストであることは、プロモータリスト(自殺賛成派)であることを要求するものではありません。少なくとも、常にそうではありません。アンチナタリストは、存在することを始めることも、存在することをやめることも、どちらも悪いと考えることができます。実際に、存在を始めることが悪いことであるかも知れない理由の1つは、私たちは死ぬということです。これは、全ての事柄を考慮した上で、死が常に悪いものだと言っているわけではありません。とある時点では、死が悪いものではなくなるほど、人生の質がとても悪くなることがあるかも知れません。これはその時点よりもずっと前に自殺をすべきであるということを意味しません。しかし、死がましな選択になるほどに、人生は悪くなり得るという見通しは、生まれることは悪いと考えるための非常に良い理由です。もし決して存在することがないのなら、私たちは、人生の苦しみや、死によってもたらされる破壊と対峙することはないのです。

 

 

 

RVGN:多くのビーガンには子供がいるか、または子供を作ることを楽しみにしていますが、人間の食用や娯楽のために人間以外の動物を繁殖することに関しては、私たちは断固たるアンチナタリストです。私たちの中で、動物製品を避けることで動物の命を救っているのだと信じている人は殆どいません。むしろ、特定の製品における需要の減少により、動物たちが生まれることを防ぐのだということを認識しています。あなたのアンチナタリズムは、あなたが考えるビーガニズムにどのように影響していますか?

 

DB:その矛盾についてはあなたのおっしゃる通りです。一般的に、肉を食べる人たちから聞くことの一つに、次のような議論があります。「我々が食べなければ、食糧のために繁殖された動物たちは、生きる機会を持てなかっただろう。それゆえに、私たちは人間の食用のために彼らを生み出すことによって、彼らに恩恵を与えているのだ。」

 

これはぞっとするような議論です。より多くの人間を繁殖することにより、命の 「恩恵」を与え、短い人生を苦しませた後に殺すことを提案する人を想像してみてください。この議論の根本的な欠陥は、誰も、存在することに関心がないということです。

 

多くの人間の生活は工場で飼育される動物の生活ほど悪くはないですが、それでも誰もがかなりの悪を被るでしょう。それを防ぐ唯一の方法は、彼らを生み出さないことです。その活動は、生まれていない者にとっての損失がゼロなので、人間以外の苦しむ動物を作ってはいけないのと同じように、苦しむ人間を作ることは止めるべきなのです。

 

 

 

RVGN:我々はビーガンとして、人間以外の動物の苦しみに関心を持っていますが、研究者のブライアン・トマシックが指摘しているように、私たちは主に、人間によってもたらされる動物の苦しみに焦点を当てる傾向があります。

 

野生動物は捕食、病気、傷害に苦しんでおり、地上で経験する苦しみの大半は野生動物が負っていることがわかります。ブライアンは、人口が増加するにつれて、野生動物の個体数が、我々による、彼らの生息地の侵略や資源利用によって減少し、したがって、苦しみの全体のレベルは低下すると主張しています。

 

もしブライアンが正しければ、人間の数は全体的な苦しみの量に反比例しますが、苦しみを懸念している人は、プロナタリストになるべきでしょうか?または、少なくとも他の人間の出産に対する欲望に反対してはならないでしょうか?

 

DB: 人間以外の動物の苦しみの大部分が、他の野生動物や自然によって引き起こされた飢えや病気や傷害であるということには、私は同意見です。これを思うと酷く暗い気持ちにさせられますし、これが悲観主義が証拠によって裏付けられる、もう一つの理由です。私はまた、人間の強欲さが動物の生息地を侵略し、多くの種が絶滅の危機に瀕するほど、動物の個体数を減らしているということに同意します。しかしながら、私たちはこのことからプロナタリズムを導くことはできません。実際、ブライアン・トマシック本人もこれを認識しており、私たちの道徳的考察に野生動物の苦しみを含め、さらなる研究をすることを求めているのです。

 

有害な手段を使って良いことをしようとすることは、最良の状態においてさえ、問題の多いものです。因果ネットワークがこのように非常に複雑な場合、私たちは予防するよりも遥かに多くの害を与えてしまうかも知れないということは、さらなる問題になります。これは、人間の歴史の中では非常に一般的な過ちであり、我々がもしこれを無視したなら、それは私たちの道徳心を危険に晒すことになるだけです。動物の個体数を減らし、ゆえに苦しみを予防するという、人間のその活動は、現在および未来に存在する者たちに多くの(致命的ではなくとも)有害な影響を与えます。その利点は損失を上回ると自信を持って主張する人たちは、他の(有感の)種が、空いたニッチに出現したり、急速に繁殖した場合には、大量絶滅さえも苦痛を軽減しないということを忘れてはならないでしょう。今までに存在したすべての種の99.9%が絶滅したと推定されています。苦しみは終わっていません。代わりに、それは新しい種で例示化されています。これは、すべての有感の生命体の絶滅が起こらないと言っているわけではありません。私は単に、これが人間の制御不能なプロナタリズムから生じるものだと、当然のように考えてはならないと言っているのです。

 

 

 

RVGN:多くのビーガンの親たちは、思いやりのある子供を育てることによって、未来における、動物や人間のための世界の発展に貢献することを願っています。ビーガンとして育ったすべての子供がそのライフスタイルを継続するわけではありませんが、他人の苦しみを気遣うように育てられた子供は、世界にとってポジティブな貢献をする可能性が高いです。あなたのアンチナタリズムの議論は、他人の苦しみに対する懸念に基づいているため、利他的な人々はそのような哲学を取り入れる可能性が高いように思います。 

 

あなたが、人々に出産をしないように働きかけることによって、利他主義者の数を減らし、よって、倫理的進歩を遅くする可能性があるのではないかという懸念はありますか?

 

DB:誰かを生み出すことは、その人にひどく害を与えることであるという私の主張が正しいとすれば、私たちは、生まれた子供が苦しむ者たちを救う手助けをすることを期待して自分たちの潜在的な子供に対し進んで害を与えようとする親たちについて、懸念する必要があります。その懸念の一部は、その親たちが子供を手段として利用するということです。どうしたらこれが思いやりのある行為だと言えるのでしょうか?それから、彼らはどのような模範を設定しているのでしょうか?もう一つの心配は、思いやりのある人たちに育てられた子供たちでさえ、本当に世界をより良い場所にするのかどうかということです。アンチナタリズムの悲観的視点からの議論[10]で、私は、人間がどれだけの害を及ぼすかを指摘しています。ビーガンたちは、もしすべてが同じ条件下だとすれば、雑食の同胞たちよりは被害を減らせるでしょう。しかし、ビーガンでさえも、いくらかのダメージを与えます。さらに言えば、すべての事柄は実際には殆どが同じ条件下にはありません。

それでも思いやりのある子どもを育てたいと言う人は、養子縁組を検討すれば、一石から二鳥を救うかも知れませんね。親を持たない子供を心配し養子に迎える人たちは、可能な限りうまく育てます。彼らは「親がいないことで苦しむかも知れなかった子供」の苦しみを防ぎ、「適切に育ててもらえなかったかも知れない子供」の苦しみを防ぐのです。

 

 

 

RVGN:ありがとうございました!興味を持った読者が、あなたのアイデアを、あなたの本「Better Never To Have Been」でより詳しく探求し、そして、このインタビューが、より良い情報に基づいた、より生産的なアンチナタリズムに関するビーガンの話し合いに貢献することを願っています。

 

 

 

 

 

 

デビッド・ベネターは、ケープタウン大学の哲学学部教授であり、哲学学部の所長を務めています。彼の本「Better Never To Have Been」と、「Debating Procreation: Is It Wrong to Reproduce?」(David Wassermanと討論しています)は、Amazonで入手可能、一読の価値ありです。

 

 

レベッカ・フォックスは、いつも瞑想してお香を燃やしているか、そうでなければ大学図書館にいる、情熱的な無神論者で懐疑論者です。彼女の芸術的なキャリアは主にソイラテの摂

取によって促進されます。彼女の作品はrebeccaonpaper.comで見ることができます。彼女の懐疑的なビーガン活動は、批判的思考と思いやりに支えられています。

 

 

 

 

参考 

 

 [1] According to Wikipedia, only three nations don't mandate paid time off for new parents: Papua New Guinea, Lesotho, and the United States.https://en.wikipedia.org/wiki/Parental_leave

 

[2] This Wikipedia article includes a colour-coded map of the global status of abortion law.https://en.wikipedia.org/wiki/Abortion_law

 

[3] Wikipedia offers a good overview of the history of antinatalist thought. It should be noted that antinatalism is the objection to creating new children, and that there are few, if any, antinatalist objections to adoption.https://en.wikipedia.org/wiki/Antinatalism

 

[4] As he notes in Parerga and Paralipomena: 'Whoever wants summarily to test the assertion that the pleasure in the world outweighs the pain, or at any rate that the two balance each other, should compare the feelings of an animal that is devouring another with those of that other'.https://goo.gl/fct0PQ

 

[5] Zapffe said 'A coin is turned around before it is handed to the beggar, yet a child is unflinchingly tossed into cosmic [brutality]'.http://www.knunst.com/planetzapffe/?page_id=180

 

 [6] As expressed in this bit from Stanhope's 2013 standup special Beer Hall Putsch.https://www.youtube.com/watch?v=CcRRNvTof48

 

[7] Benatar is a professor of philosophy and head of the Department of Philosophy at the University of Cape Town in Cape Town, South Africa. His work in the contemporary philosophies of nihilism and pessimism have been hightly influential, and his book Better Never To Have Been is cited as an influence on the TV series True Detective.https://en.wikipedia.org/wiki/David_Benatar

 

[8] Tomasik's article 'Why Vegans Should Care About Wild Animal Suffering' summarises his position.http://rvgn.org/2015/04/12/why-vegans-should-care-about-wild-animal-suffering

 

[9] Brian's article 'Strategic Considerations for Moral Antinatalists' outlines his position on antinatalism.http://r

 

[10] Which can be found in this volume, available on Amazon.https://www.amazon.com/Permissible-Progeny-Morality-Procreation-Parenting-ebook/dp/B013F25C02/

 

 

 

 

デビッド・ベネターについてはこちらのサイトで詳しく紹介されていますので、興味のある方は是非読んでみてください。