戦争の小説や映画、色々な物語を目にする度に痛々しい思いと辛く悲しい気持ちが沸き上がり、平和を考え、今ある自分の幸せを考える。
その一方で、今現在起こっている遠い国の戦争の映像を流すニュース番組には淡々とニュースを読む落ち着いたキャスターの声に同調するように、沸き上がる感情もなく、ただ流れる映像を見続ける自分がいる。
ニュースにはリアルに悲惨な映像が流されているのに、どこかバーチャルに感じてしまうこの感覚は正しいのかどうか…
主人公のない、現状を捉えただけの異国の映像に痛々しさは感じても感情移入することはなく、映像が終わったと同時に次のニュースに気をうばわれ、いつもの日常に戻っていく。
このままでよいのかな?という考えが一瞬頭をよぎっても、だから何をすると言うわけでもなく日々の生活に追われる毎日。
色々なことをふと考える、その考えたことに行動が伴ってこれたのはどれだけの事柄か。
考えに伴わない自分の現状をまたふと考え、そしてまたその考えを流す…
今日は終戦記念日。
その一方で、今現在起こっている遠い国の戦争の映像を流すニュース番組には淡々とニュースを読む落ち着いたキャスターの声に同調するように、沸き上がる感情もなく、ただ流れる映像を見続ける自分がいる。
ニュースにはリアルに悲惨な映像が流されているのに、どこかバーチャルに感じてしまうこの感覚は正しいのかどうか…
主人公のない、現状を捉えただけの異国の映像に痛々しさは感じても感情移入することはなく、映像が終わったと同時に次のニュースに気をうばわれ、いつもの日常に戻っていく。
このままでよいのかな?という考えが一瞬頭をよぎっても、だから何をすると言うわけでもなく日々の生活に追われる毎日。
色々なことをふと考える、その考えたことに行動が伴ってこれたのはどれだけの事柄か。
考えに伴わない自分の現状をまたふと考え、そしてまたその考えを流す…
今日は終戦記念日。