この寺の開祖である覚心(法燈国師)は、金山寺味噌の製法を中国から持ち帰り、その製造過程で溜まる液から醤油を発見したことで有名です。

「関南第一禅林」と書かれています。
箱根の関より南の、第一の禅寺という意味だそうです。

法燈国師の困り眉がちょっと萌え。
それにしても91歳まで生きられたんですね!
鎌倉時代あたりの平均年齢は30歳程度だったらしいので、庶民にとっては、ほとんど仏様の様な存在だったと思います。

やぶ蚊に襲われながら先を急ぎます。
“パチン”とやりたいのに、出来ない…。
身体から蚊取り線香の煙を出したい…。

広大な敷地と風格ある建物と、訪れる者のない侘しさと…。
かつて昼夜を働いても食えず、自然の猛威に常にさらされ、死と隣り合わせの日々を送っていた時代における、“神仏にすがる”ことの重みは、今の占いなど子供だましと言えるほど、切実なものだったでしょう。
だからこそ、日本の津々浦々に社寺仏閣が存在し、その多くが広大な敷地と壮麗な建物を保有・維持してこられたのだと思います。
きっとあの時代、“困ったときの神頼み”なんていう精神は無かったのです。
時代とともに宗教は裾野が狭く、いびつになっていると感じます。

それにしても立派な建物ですねー。

「醤油あられ」買って帰りました。
やっぱり角長の醤油は美味しいです。